──僕が目覚めた場所は現実ではそうそう見られないであろう、建物が一切ない草原の上だった。
みずみずしい新緑に塗りつぶされた大地や抜けるような群青色の空が地平線の遥か彼方まで広がっていて、見上げると大気の流れがそのままぶつかってくるような向かい風が大きく髪をなびかせる。
──なんて心地良いのだろう。
僕は流れる大気がスッと肌に触れ、青々しい草が揺れる音を到底、夢の中とは思えないはっきりとした意識と感覚で味わっている。
一瞬、僕はこれは本当に夢なのだろうかと自分に問う。
僕の直感がその問いにこれは【夢の世界だ】という明確なサインを出した。
そっか、なんだか拍子抜けしたなという自分と夢であることにどこか安堵している自分の矛盾がなんだか可笑しくて笑みが零れる。
「──ねえ、とっても楽しそうなそこの人、君は誰?」
後ろから透き通った声が聞こえてきて、僕は振り返る。
こちらを真っ直ぐ見つめる女の子が背後に立っていた。
白いワンピースを着ていて、風に吹かれ微かになびくショートの黒髪を、細く小さな手を添えるようにして抑えている。
ガラス玉のような黒い瞳に控えめな目元、薄い唇、年は僕と同じようでもあるし、どこか大人びた女性のような雰囲気もある。
「・・・・目覚めたらここに居て、名前は思い浮かばないんだ。ごめん」
彼女は「そっかそっか」と言って「じゃあー」とその場でくるりと周り微笑む。
「迷い人さんってどうかな?」
「迷い人?」
僕が復唱すると彼女こくこくと頷く。
「お互い名前も向かう場所も分からない。これって迷子みたいなものでしょ?」
「記憶を無くした人みたいな感じもするけど」
徘徊する記憶喪失者、まあそれも迷子みたいなものかもしれない。
「だから、お互い迷い人、迷子の二人が偶然出会う──奇跡みたいで素敵」
ふふっと笑みをこぼしながら歌うように彼女は言った。
確かに奇跡だ、と僕は思う。名前も知らない他人と同じ夢の世界を共有している。
もし目の前の少女が夢の中の幻だとしたら、それも素敵ではあるけど奇跡ではないなと思う。そうだそれを確認しようと思った矢先──糸が切れたような唐突さで意識が焦点を失い始めた。
「今回はここまでみたいだね、またね迷い人さん」
目の前の景色の輪郭がぼやけていく中で彼女のその声ははっきりと聞き取れた──。
僕は自室で目を覚ますと上半身を起こして自分の手を見る。
これが小学生の僕にとって初めての俗に言う明晰夢だった。
小学生の頃の僕は表面上では周囲との摩擦はなかったと思う。少なくともいじめられもしなかったし、喧嘩などのいざこざもない。良く言えば平穏な日々たけど、悪く言えば周囲から孤立していて、いじめの対象にすらされないくらい存在が薄かったとも解釈できる。
──平坦で山もなければ谷もない。そんな毎日だ。
「へえ、でもさ、毎日が退屈なくらい平和って贅沢で素敵じゃないかな?」
あの夜から毎晩、名も知らぬ彼女とおよそ普通じゃない空間で言葉を交わしている。
素敵、というのが彼女の口癖なのかもしれない。
「平和なのは間違いないけど、別に退屈とは言ってないよ」
「退屈そうな顔で話すからそうなのかなって違う?」
違う・・・・とは言い切れない。そういう面もある。
「刺激が少ない日常なのは否定しないけど」
「同じだよ、それ」
僕たちはそのやり取りの後、少し沈黙した。
相変わらず吹く風は大袈裟なくらい強くて、一面に塗られた緑たちはそれぞれが強い主張をするように風と共に踊る。その音が賑やかに僕らの沈黙を埋めていた。
「・・・・私も似たようなものなんだ」
細く小さな声でささやくように彼女は言った。
「驚いた、君は幻じゃないんだね、それとも夢の世界にも学校があるの?」
ふふっと彼女は自身特有の笑みをこぼした後に答える。
「ちゃんと実在するリアルの女の子だよ、君と同じ退屈な毎日を送る小学生」
とてもそうには見えないと僕は思う。親しみやすさと上品な佇まい、もし夢の中の姿がリアルなら周囲とは一目置かれるような少女だ。退屈さとは正反対の毎日を送れそうなものだけど──女子の世界は分からないから何とも言えない。
「君が退屈だと思っている日常が実は他人から見たら違うとか、ない?」
彼女は人差し指を口元に当てて「んー」とか「なんて言えばいいかな」とか宙に向かって呟く。そして彼女は真っすぐ僕を見つめて言った。とてもはっきりと、でもどこか切なげに。
「違うよ、本当に退屈だし、君と違って平和でもない」
最後の一言はいらない気がしたけど、その一言の時だけトーンが落ちたのに気が付くと複雑な理由があるんだろうなと思った。
「でもさ、私ね、思うことがあるの」
「思うこと?」
「うん、思うこと」
彼女はもったいぶって中々言い出さなかった。続きを自然に言ってくれるまで僕は待つ。
「ん、ちょっと恥ずかしいかも」
「良いんじゃないかな、夢の中のだし」
彼女は「確かにね」と頷いてから群青色の空を見上げて言った。
「昨日の今日だけど君と夢の中で話すの、生きがいかもって」
楽しいでもなければ『生きがい』とくるところは大袈裟な感じもする。
でも、僕と話すのが生きがいになりつつあるというのは嬉しいし、特別な時間を過ごせているというのは僕も同じだ。
「それは、良かった」
それから、意識が現実に戻るまで僕らはただ、交わした言葉の余韻に浸っていた。
楽しい時間というのは常に退屈な時間を上回るスピードで過ぎ去っていくものだと思う。
でも彼女との時間は早いようで遅い、遅いようで早いそんな時間の流れ方をしている。
間違いなく言えるのは現実の時間の流れの方がむしろ早く過ぎるということだ。
平な道はするりと抜けてしまうのに似ている。
彼女との時間はある時は平らで、ある時は傾斜、そして登り坂の時もある。
なんでもない会話だけの時間がバリエーション豊かで──特別だった。
「この景色もさ、毎日見てると飽きてこない?」
僕はある晩の夢の中でそんなことを言った。いくらスケールが壮大でも毎日寝てから降り立つ場所が固定されてると、なんかお腹いっぱいだ。
「そうかな? 私は安心感の方が強いかも」
安心感、そういう感じ方もあるのか。彼女は「それに」と言って、ふっとこちらに微笑む。
「変わらない、いつもの場所で二人で過ごすこれって──」
「素敵、だね」
「そうそう、良いタイミングだね」
「正直、分かりやす過ぎて、わざと振ったようにしか思えないよ」
彼女は肯定も否定もせず、んふふっと笑みを返すだけだった。
何気、この上品さと可愛らしさを含んだ笑みが僕は好きなんだと思う。くすぐったい感じもするけどそこも込みで悪くない。
「あ、ねえ空の方見てみてよ」
彼女はそう言って空を指差す。言われた通り見てみると、薄いけど金平糖みたいに色々な色彩の星が点々と散らばっていた。
人間、心底飽きてきた時はほんの少しの変化でもなんだか感動してしまう生き物だと思う。そう、僕はこの薄く小さな星に大きな感動を覚えていた。色のバリエーションもさることながら、星自体この夢の中だと新鮮だった。
「やっと、味変出来るようになったのかもね」
食べ物じゃないから『味変』という表現が適切かどうかは分からないけど。
「それって夢のコントロール的なやつかな、いよいよ神様に近づいてるのかも」
「神様になれたなら、何したい?」
また人差し指を口元に当てて考える。なるほどこれも彼女の癖か。
「私を一番に幸せにする世界にしたい、それがどんな世界かは分からないけど」
僕は彼女のある種、思い切りのいい願いに笑みがこぼれた。
「君はエゴが強い神様なんだね」
僕がそう言うと彼女は「でもさ」と言って宙に指を走らせて言った。
「皆、ある意味そうなんじゃないかなって思うんだよ」
「その心は?」
「皆、本当は自分以外どうでもいい、むしろ自分が世界の中心で神である、かな」
これ以上ないくらい酷い言い草だけど、ある意味真理みたいなところもある。
ここまで会話して僕は彼女に、聞きたいことがあった。
「・・・・前々から思ってたんだけど、僕らって小学生だよね?」
「そうなんでしょ?」
「そうだよ、ただちょっと達観し過ぎてる気がする」
彼女は今度可笑しそうに笑い出した。
「自分で自分のこと達観してるなんて、中々言えないよー」
僕は途端に気恥ずかしくなる。確かに受け取り方によっては思い上がりの激しい子供だ。
しかし、彼女は一転して真面目な口調になる。
「でも色々見えないものが見えてるのかもね、君も私も」
そうなんだろうか、『見えないもの』が何を差しているのかで大きく違う気がする。
「やっぱり、思い上がりのような気がしてきたよ」
「いいじゃん、夢の中なんだし」
彼女はクスクスと笑って、空に手を伸ばす、彼女の白い肌の色と空の群青色は溶け合っているようにも、いないようにも思える。
「この空を満天の星空に変えたいな」
言われて僕は想像する地平線の向こうまで広がる星空、それはまるで銀河のような宇宙的スケール、見てみてみたい。現実ではできない、言ってしまえば『銀河の貸し切り』だろう。ロマンがある。
「練習する価値はあるよ」
「やっぱり? そう思うよね? じゃあこれから毎晩練習しよう」
今日で座って会話して終わりという日々も最後かと思うと寂しい気がするけど、同時に新しい目標は魅力的で夢の中で秘密の特訓というイベントも悪くないと思った。
それから、毎晩僕らは夢のコントロールの練習を始めた、星空に変えることに特化した練習、といってもほとんど理想の星空をイメージするだけだったけど。
現実の方は長いようで短かった六年間の終わり、卒業式を迎えていた。
まだ冬の名残りが残っているのか、体育館までの渡り廊下は意外にも寒い。
周りの卒業生の中には泣いている人もいれば寝そうになっている人も居る。
僕はそのどちらでもない。特別な思い入れもなければ、式が眠くなるほど退屈だとも思っていなかった。
ただ、中学高校とこの春を何度も迎えることになると思うと少し気が滅入った。
卒業式が終わると、卒業生と在校生の交流のようなものが学校の校門前で行われていたけど、僕には在校生との接点もないし、何より今日は見たい映画があり上映時間が差し迫っている。
素通りして行こうとした時──いきなり後ろから肩を叩かれて、僕は思わず振り返る。
「悪いけど、急ぎの用事があるんだ」
僕は短髪に日焼けした肌の活発そうな男子生徒に向かって言った。急いでなかったらこんな口は聞けないだろうなと思う。
「おお、それは悪かったな俺は平岡秀一っていうんだ。前々から声掛けてみようかなとおもってたんだけど、それじゃあ今は挨拶だけだな」
まさか、僕に声を掛けたいなんて思う人が居たとは、しかも同じ卒業生で感じの悪さは一切感じない。
「僕は斎藤明、声を掛けてきてくれてありがとう。それじゃあ」
「おう、何の用事か分からないが、頑張れ」
秀一が二っと微笑むのを見てから僕は背を向けて映画館に向かった。
みずみずしい新緑に塗りつぶされた大地や抜けるような群青色の空が地平線の遥か彼方まで広がっていて、見上げると大気の流れがそのままぶつかってくるような向かい風が大きく髪をなびかせる。
──なんて心地良いのだろう。
僕は流れる大気がスッと肌に触れ、青々しい草が揺れる音を到底、夢の中とは思えないはっきりとした意識と感覚で味わっている。
一瞬、僕はこれは本当に夢なのだろうかと自分に問う。
僕の直感がその問いにこれは【夢の世界だ】という明確なサインを出した。
そっか、なんだか拍子抜けしたなという自分と夢であることにどこか安堵している自分の矛盾がなんだか可笑しくて笑みが零れる。
「──ねえ、とっても楽しそうなそこの人、君は誰?」
後ろから透き通った声が聞こえてきて、僕は振り返る。
こちらを真っ直ぐ見つめる女の子が背後に立っていた。
白いワンピースを着ていて、風に吹かれ微かになびくショートの黒髪を、細く小さな手を添えるようにして抑えている。
ガラス玉のような黒い瞳に控えめな目元、薄い唇、年は僕と同じようでもあるし、どこか大人びた女性のような雰囲気もある。
「・・・・目覚めたらここに居て、名前は思い浮かばないんだ。ごめん」
彼女は「そっかそっか」と言って「じゃあー」とその場でくるりと周り微笑む。
「迷い人さんってどうかな?」
「迷い人?」
僕が復唱すると彼女こくこくと頷く。
「お互い名前も向かう場所も分からない。これって迷子みたいなものでしょ?」
「記憶を無くした人みたいな感じもするけど」
徘徊する記憶喪失者、まあそれも迷子みたいなものかもしれない。
「だから、お互い迷い人、迷子の二人が偶然出会う──奇跡みたいで素敵」
ふふっと笑みをこぼしながら歌うように彼女は言った。
確かに奇跡だ、と僕は思う。名前も知らない他人と同じ夢の世界を共有している。
もし目の前の少女が夢の中の幻だとしたら、それも素敵ではあるけど奇跡ではないなと思う。そうだそれを確認しようと思った矢先──糸が切れたような唐突さで意識が焦点を失い始めた。
「今回はここまでみたいだね、またね迷い人さん」
目の前の景色の輪郭がぼやけていく中で彼女のその声ははっきりと聞き取れた──。
僕は自室で目を覚ますと上半身を起こして自分の手を見る。
これが小学生の僕にとって初めての俗に言う明晰夢だった。
小学生の頃の僕は表面上では周囲との摩擦はなかったと思う。少なくともいじめられもしなかったし、喧嘩などのいざこざもない。良く言えば平穏な日々たけど、悪く言えば周囲から孤立していて、いじめの対象にすらされないくらい存在が薄かったとも解釈できる。
──平坦で山もなければ谷もない。そんな毎日だ。
「へえ、でもさ、毎日が退屈なくらい平和って贅沢で素敵じゃないかな?」
あの夜から毎晩、名も知らぬ彼女とおよそ普通じゃない空間で言葉を交わしている。
素敵、というのが彼女の口癖なのかもしれない。
「平和なのは間違いないけど、別に退屈とは言ってないよ」
「退屈そうな顔で話すからそうなのかなって違う?」
違う・・・・とは言い切れない。そういう面もある。
「刺激が少ない日常なのは否定しないけど」
「同じだよ、それ」
僕たちはそのやり取りの後、少し沈黙した。
相変わらず吹く風は大袈裟なくらい強くて、一面に塗られた緑たちはそれぞれが強い主張をするように風と共に踊る。その音が賑やかに僕らの沈黙を埋めていた。
「・・・・私も似たようなものなんだ」
細く小さな声でささやくように彼女は言った。
「驚いた、君は幻じゃないんだね、それとも夢の世界にも学校があるの?」
ふふっと彼女は自身特有の笑みをこぼした後に答える。
「ちゃんと実在するリアルの女の子だよ、君と同じ退屈な毎日を送る小学生」
とてもそうには見えないと僕は思う。親しみやすさと上品な佇まい、もし夢の中の姿がリアルなら周囲とは一目置かれるような少女だ。退屈さとは正反対の毎日を送れそうなものだけど──女子の世界は分からないから何とも言えない。
「君が退屈だと思っている日常が実は他人から見たら違うとか、ない?」
彼女は人差し指を口元に当てて「んー」とか「なんて言えばいいかな」とか宙に向かって呟く。そして彼女は真っすぐ僕を見つめて言った。とてもはっきりと、でもどこか切なげに。
「違うよ、本当に退屈だし、君と違って平和でもない」
最後の一言はいらない気がしたけど、その一言の時だけトーンが落ちたのに気が付くと複雑な理由があるんだろうなと思った。
「でもさ、私ね、思うことがあるの」
「思うこと?」
「うん、思うこと」
彼女はもったいぶって中々言い出さなかった。続きを自然に言ってくれるまで僕は待つ。
「ん、ちょっと恥ずかしいかも」
「良いんじゃないかな、夢の中のだし」
彼女は「確かにね」と頷いてから群青色の空を見上げて言った。
「昨日の今日だけど君と夢の中で話すの、生きがいかもって」
楽しいでもなければ『生きがい』とくるところは大袈裟な感じもする。
でも、僕と話すのが生きがいになりつつあるというのは嬉しいし、特別な時間を過ごせているというのは僕も同じだ。
「それは、良かった」
それから、意識が現実に戻るまで僕らはただ、交わした言葉の余韻に浸っていた。
楽しい時間というのは常に退屈な時間を上回るスピードで過ぎ去っていくものだと思う。
でも彼女との時間は早いようで遅い、遅いようで早いそんな時間の流れ方をしている。
間違いなく言えるのは現実の時間の流れの方がむしろ早く過ぎるということだ。
平な道はするりと抜けてしまうのに似ている。
彼女との時間はある時は平らで、ある時は傾斜、そして登り坂の時もある。
なんでもない会話だけの時間がバリエーション豊かで──特別だった。
「この景色もさ、毎日見てると飽きてこない?」
僕はある晩の夢の中でそんなことを言った。いくらスケールが壮大でも毎日寝てから降り立つ場所が固定されてると、なんかお腹いっぱいだ。
「そうかな? 私は安心感の方が強いかも」
安心感、そういう感じ方もあるのか。彼女は「それに」と言って、ふっとこちらに微笑む。
「変わらない、いつもの場所で二人で過ごすこれって──」
「素敵、だね」
「そうそう、良いタイミングだね」
「正直、分かりやす過ぎて、わざと振ったようにしか思えないよ」
彼女は肯定も否定もせず、んふふっと笑みを返すだけだった。
何気、この上品さと可愛らしさを含んだ笑みが僕は好きなんだと思う。くすぐったい感じもするけどそこも込みで悪くない。
「あ、ねえ空の方見てみてよ」
彼女はそう言って空を指差す。言われた通り見てみると、薄いけど金平糖みたいに色々な色彩の星が点々と散らばっていた。
人間、心底飽きてきた時はほんの少しの変化でもなんだか感動してしまう生き物だと思う。そう、僕はこの薄く小さな星に大きな感動を覚えていた。色のバリエーションもさることながら、星自体この夢の中だと新鮮だった。
「やっと、味変出来るようになったのかもね」
食べ物じゃないから『味変』という表現が適切かどうかは分からないけど。
「それって夢のコントロール的なやつかな、いよいよ神様に近づいてるのかも」
「神様になれたなら、何したい?」
また人差し指を口元に当てて考える。なるほどこれも彼女の癖か。
「私を一番に幸せにする世界にしたい、それがどんな世界かは分からないけど」
僕は彼女のある種、思い切りのいい願いに笑みがこぼれた。
「君はエゴが強い神様なんだね」
僕がそう言うと彼女は「でもさ」と言って宙に指を走らせて言った。
「皆、ある意味そうなんじゃないかなって思うんだよ」
「その心は?」
「皆、本当は自分以外どうでもいい、むしろ自分が世界の中心で神である、かな」
これ以上ないくらい酷い言い草だけど、ある意味真理みたいなところもある。
ここまで会話して僕は彼女に、聞きたいことがあった。
「・・・・前々から思ってたんだけど、僕らって小学生だよね?」
「そうなんでしょ?」
「そうだよ、ただちょっと達観し過ぎてる気がする」
彼女は今度可笑しそうに笑い出した。
「自分で自分のこと達観してるなんて、中々言えないよー」
僕は途端に気恥ずかしくなる。確かに受け取り方によっては思い上がりの激しい子供だ。
しかし、彼女は一転して真面目な口調になる。
「でも色々見えないものが見えてるのかもね、君も私も」
そうなんだろうか、『見えないもの』が何を差しているのかで大きく違う気がする。
「やっぱり、思い上がりのような気がしてきたよ」
「いいじゃん、夢の中なんだし」
彼女はクスクスと笑って、空に手を伸ばす、彼女の白い肌の色と空の群青色は溶け合っているようにも、いないようにも思える。
「この空を満天の星空に変えたいな」
言われて僕は想像する地平線の向こうまで広がる星空、それはまるで銀河のような宇宙的スケール、見てみてみたい。現実ではできない、言ってしまえば『銀河の貸し切り』だろう。ロマンがある。
「練習する価値はあるよ」
「やっぱり? そう思うよね? じゃあこれから毎晩練習しよう」
今日で座って会話して終わりという日々も最後かと思うと寂しい気がするけど、同時に新しい目標は魅力的で夢の中で秘密の特訓というイベントも悪くないと思った。
それから、毎晩僕らは夢のコントロールの練習を始めた、星空に変えることに特化した練習、といってもほとんど理想の星空をイメージするだけだったけど。
現実の方は長いようで短かった六年間の終わり、卒業式を迎えていた。
まだ冬の名残りが残っているのか、体育館までの渡り廊下は意外にも寒い。
周りの卒業生の中には泣いている人もいれば寝そうになっている人も居る。
僕はそのどちらでもない。特別な思い入れもなければ、式が眠くなるほど退屈だとも思っていなかった。
ただ、中学高校とこの春を何度も迎えることになると思うと少し気が滅入った。
卒業式が終わると、卒業生と在校生の交流のようなものが学校の校門前で行われていたけど、僕には在校生との接点もないし、何より今日は見たい映画があり上映時間が差し迫っている。
素通りして行こうとした時──いきなり後ろから肩を叩かれて、僕は思わず振り返る。
「悪いけど、急ぎの用事があるんだ」
僕は短髪に日焼けした肌の活発そうな男子生徒に向かって言った。急いでなかったらこんな口は聞けないだろうなと思う。
「おお、それは悪かったな俺は平岡秀一っていうんだ。前々から声掛けてみようかなとおもってたんだけど、それじゃあ今は挨拶だけだな」
まさか、僕に声を掛けたいなんて思う人が居たとは、しかも同じ卒業生で感じの悪さは一切感じない。
「僕は斎藤明、声を掛けてきてくれてありがとう。それじゃあ」
「おう、何の用事か分からないが、頑張れ」
秀一が二っと微笑むのを見てから僕は背を向けて映画館に向かった。
