「紫苑様! 至急こちらを――」
「そんなに急いでどうしたの?」
千草が夜神に嫁いでから五日。
従者が慌てて持ってきた文を紫苑はゆっくりと開いた。
「密偵からの報告かと思うのですが……」
書き手は常夜乃国に仕えた密偵であった。
千草の様子を、数日おきに紫苑へと報せる役目を負っていた。
「可愛い千草が役目を果たしたのかしら?」
口元を緩ませながら、紫苑は文に目を通す。
だが――いつも穏やかな彼女の眉がその瞬間、確かに顰められた。
『敵将夜神と接触するも、命を奪うまでには至らず
夜神も姫巫女の命を脅かす気配はなし
姫巫女は現在離れにて静養中
敵夜叉は姫巫女を真の花嫁として身請けた模様』
「――〝命を脅かす気配はなし〟? ふふっ、なるほど」
文を置いた紫苑の唇がわずかにつりあがる。
「せっかく殺しかたを教えてあげたのに、あの子ったらなにをしているのかしら」
傍にあった茶を一口すすり、宙へと視線を向ける。
「夜神もあの子を殺さないだなんて。夜叉の癖に情が湧いた? うふふ……面白いわね」
自らの作戦がよくない方向へと進んでいるのにもかかわらず、紫苑の声は楽しげだった。
彼女はそっと机の引き出しを静かに開ける。
そこには護符が入れられた桐の箱があり、紫苑はその一枚を取り出す。
「私が〝そうして〟とお願いすれば、あの子は私に従った。恐怖に怯えた瞳で……でも、同時に愛されたいと切望する眼差しを向けて。だってそうよね。この世界で千草を愛せるのは私だけだもの」
護符を指でなぞりながら、紫苑はうっとりと目をほそませる。
「そろそろ手綱を引きなおしてあげないと。少し自由を与えただけで、自分が意志を持てると勘違いするだなんて……愚かで可愛い千草」
そして紫苑は筆を取り、優雅な筆致でこう書き出した。
『千草。煌都を離れた暮らしは心地よいかしら?
でも、忘れないでね。姉はいつでも貴女を見ているわ。
愛しい、愛しい。この世でただひとりだけの愛しい妹へ』
紫苑は文に、焚いていた花の香を染みこませ護符をそっと忍ばせた。
「無様で愛しい私の妹。恐ろしい男に縋っても、ここから逃げても……最後には必ず――私の元へ還ってくるのよ」
そして紫苑は封をした文にそっと唇を落としたのだった。
「そんなに急いでどうしたの?」
千草が夜神に嫁いでから五日。
従者が慌てて持ってきた文を紫苑はゆっくりと開いた。
「密偵からの報告かと思うのですが……」
書き手は常夜乃国に仕えた密偵であった。
千草の様子を、数日おきに紫苑へと報せる役目を負っていた。
「可愛い千草が役目を果たしたのかしら?」
口元を緩ませながら、紫苑は文に目を通す。
だが――いつも穏やかな彼女の眉がその瞬間、確かに顰められた。
『敵将夜神と接触するも、命を奪うまでには至らず
夜神も姫巫女の命を脅かす気配はなし
姫巫女は現在離れにて静養中
敵夜叉は姫巫女を真の花嫁として身請けた模様』
「――〝命を脅かす気配はなし〟? ふふっ、なるほど」
文を置いた紫苑の唇がわずかにつりあがる。
「せっかく殺しかたを教えてあげたのに、あの子ったらなにをしているのかしら」
傍にあった茶を一口すすり、宙へと視線を向ける。
「夜神もあの子を殺さないだなんて。夜叉の癖に情が湧いた? うふふ……面白いわね」
自らの作戦がよくない方向へと進んでいるのにもかかわらず、紫苑の声は楽しげだった。
彼女はそっと机の引き出しを静かに開ける。
そこには護符が入れられた桐の箱があり、紫苑はその一枚を取り出す。
「私が〝そうして〟とお願いすれば、あの子は私に従った。恐怖に怯えた瞳で……でも、同時に愛されたいと切望する眼差しを向けて。だってそうよね。この世界で千草を愛せるのは私だけだもの」
護符を指でなぞりながら、紫苑はうっとりと目をほそませる。
「そろそろ手綱を引きなおしてあげないと。少し自由を与えただけで、自分が意志を持てると勘違いするだなんて……愚かで可愛い千草」
そして紫苑は筆を取り、優雅な筆致でこう書き出した。
『千草。煌都を離れた暮らしは心地よいかしら?
でも、忘れないでね。姉はいつでも貴女を見ているわ。
愛しい、愛しい。この世でただひとりだけの愛しい妹へ』
紫苑は文に、焚いていた花の香を染みこませ護符をそっと忍ばせた。
「無様で愛しい私の妹。恐ろしい男に縋っても、ここから逃げても……最後には必ず――私の元へ還ってくるのよ」
そして紫苑は封をした文にそっと唇を落としたのだった。



