「…染谷?」
「…へ?」
上から降ってきた声。それは間違いなく好きな人の声で。
完全にやらかしてしまった。
好きな人に最初に名前を呼ばれるのがこんな場面だなんて。
急にここにブラックホールが現れて、’’私すべてを飲み込んでほしい,, と
本気で思っている自分がいる。
南くんにとって今の私は、人の告白を盗み聞きしてた気持ち悪いクラスメイト、だ。
必死に言い訳を考えて、口に出そうとする。
「…もしかして聞いてた?」
「あ、えっとね…私今日日直で、先生に体育倉庫の掃除お願いされて…それで行こうにも行けなくて…
ほんっとにごめんなさいっ!!」
「あ、ちょっ…って、いねぇし」
彼の言葉を最後まで聞かず、走り出す。
今日は厄日なんだろうか。
日直を忘れ爆睡し、好きな人の告白現場を見てプラス、見てたことが本人にばれてしまった。
恥ずかしさで顔がリンゴで真っ赤に染まるなんてもってのほか。
きっと今の私の顔はすっかり青ざめて死にかけのゾンビだ。
息切れで呼吸もままならない。
普段運動しない私にとって辛い全力疾走。
いつから走っていなかったのだろうか。
急にじわっと涙が浮かんで、瞼が熱くなった。
ここで泣きそうになるとか私の感情コントローラーは故障でもしてしまったのだろうか。
「あーあ、告白の成功確率ぜろじゃん。」
ピロティの隅でふとうずくまる。
もともと、アタックしてなかったし、今のだって初めての会話だ。
…ばかすぎて笑えるほんと
すっと立ち上がり、鞄を持ったら職員室に向かう。
日誌とゴミ捨て場の点検カードを渡し、すぐ下駄箱に向かい外に出た。
暑かったからか、それともさっきの最悪な出来事を思い出したからか。
気づけばとっくのとうに家に帰っていて、気づけば日は落ち、時刻は9時を指していた。
もうとっくに蝉の声なんて聞こえなかった。
代わりに、あの声だけがずっと残っている。
思い出したくなんかないのに、心に沁みついている。
