心終絵巻

     終

 江戸の街。

『キエアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!』

 夜闇に沈んだ江戸の街路。ちょうど昼間に瓦版の青年が通行人達の注目を集めて、声高らかに事件の真相を語っていた所だ。

「やれやれのやれだね。昼間も働いて、夜も働かないといけねえなんざ……あっしらは苦労人だね」
「そう腐んなよ、うた」
「いや、お前さんは働いてねえだろ。何だよ、職業・遊び人って……」
 泡沫が賀照の横の腹を軽く扇子で突っついた。
「こら、うた!」
 案の定、賀照がムスッとした顔で軽く手を挙げた。
「はいはい、二人とも、そのくらいにして……(やっこ)さんのお出ましだよ」
「!」
 巴に後ろから声をかけられ、泡沫と賀照は同時に顔つきを変えた。
 そして、泡沫は扇子を、賀照は太刀の鋒を、それぞれ前方に向けた。

『ありつつも――』

 建物の影から這い出たような、黒い塊から、黒い鞭のような鋭利なナニカが地面を引き裂いた。
 女の髪の毛に似たそれは、街路沿いに生えていた木に巻き付いた。その瞬間、木が折れた。
「うわっと」「おっと」
 泡沫と賀照は同時に左右に跳んで、それをかわす。
 泡沫は橋の上に、賀照は建物の屋根の上に立つ。
『君をば待たぬ――』
 また一撃、影の鞭が地面を裂いた。
『うち靡く――』
 さらに、二撃、三撃、と地面を鞭で引き裂いて、大きく抉った。
『わが黒髪に――』
 今度は、影の鞭が近くの木に巻き付いて、引っこ抜き――

『――霜の置くまでに』

 引っこ抜いた木を、泡沫が立つ橋に向けて投げた。
「やれやれのやれだね……せっかく咲いた桜の木に、なんてことしやがる」
 泡沫は扇子を閉じて、その先端を向ける。 
 向かってきた木は、泡沫の扇子に触れた途端、勢いが死に、橋の近くに落ちた。
「少し、仕置きが必要のようだね」
 ぶわっと、泡沫から光の泡があふれ出した。
 やがてそれは狐の耳と九つの尻尾となり――
「派手にいかせてもらうぜ!」
 賀照は肩に担ぐようにしていた太刀を両手で構え直した。
 その額には鬼の角が生え――
「まったく、仕様のない子達だね」
 影から顔を覗かせる白い蛇を従えながら、巴は笑みを零した。
 そして腕を前方に向けた時、袖口から白い蛇が大量に飛び出し――

『水の泡の 消えで浮き身と いひながら 流れて猶も――』
「いくぜ! 童子切安綱!」
『朝ぼらけ 有明の月と見るまでに 吉野の里に――』

 泡沫は静かに歌い、賀照は荒々しく刀を構え、巴は雅に歌を奏で――

『たのまるるかな!』
「でいやあああああ!」
『――降れる白雪!』

 狐の形となった火が影に向かい、
 赤く光った太刀が影を斬り、
 白い蛇が影の攻撃を遮った。

        *

 江戸の町――。
 語る人は、愛の言葉。
 人が騙るは、恋の歌――。
 恋に破れた怨念を払うは、三体の物の怪。

 行商人・泡沫、狐――。
 遊び人・賀照、鬼――。
 町医者・銀雪、蛇――。

 彼らが救うは人か、恋か――。