*
嘲笑しながら去っていく男達。
私を斬った後、彼らは執拗に愛しい人の身体を切り刻んだ。もう息がないあの人の身体を、見るも無惨な姿に――。
こんな所で放置されたら、二人ともまた笑い物にされるだけ。それどころか、愛しい人はあらぬ疑いをかけられ、あの男達のせいでその濡れ衣を果たせないまま、死後も辱めを受ける。
ならばいっそ心中という事にしよう。愛しい人と、あの世へ駆け落ちしよう。
元々そのつもりで逃げ出したのだもの。行く場所が少し変わっても、別にいいだろう。
そう思った私は、愛しい人の身体を抱いて、そのまま川に飛び込んだ。
その時――懐に入れていた絵巻が、私の身体に纏わり付いた。
消えゆく意識の中、歌が聞こえた。
『五月雨の 空だにすめる月影に 涙の雨は はるるまもなし――』
そして、私は想ったの。
この歌は、私だ、と――。
*
六
『水の中でも、絵巻の中の物語ははっきりと見えた。私と同じだと思った。愛しい人を喪ったがゆえに失った恋。まるで自分自身を見ているようで……そうしたら、気付いた時、私はね、絵巻の中にいたの』
「死んだ後に取り憑いたのか」
潺が一通り語った後、賀照が警戒しながら言うと、彼女は――にっかりと不気味なら笑みを浮かべた。
「いいや、おそらく潺の意識が色濃く残っているだけだろうね」
泡沫が言った。
「『妖怪絵巻』は、悲恋を綴った物語だ。そこに怨念を封印したに過ぎない。似た想いを抱いた乙女に取り憑いた時、乙女は【残狂】と化す。本来なら、そこで、取り憑かれた人間の意識も記憶もないもんだが……」
「あの姉ちゃんは、逆に上書きしちまったって所か」
「そこまではいかねえが、近い所だ。潺の記憶と想いが強すぎるあまり、怨念を上回った。だから、意識の決定権は潺にある」
本来ならば絵巻に封印されていた怨念が人に取り憑くのだが、この場合は逆だ。人が、怨念を取り込んだ。そして、「潺」という全く別の怨霊が生まれてしまった。
「もし潺が生存したままだったら、オニに……いいや正真正銘、本物の『鬼』になっていただろうが」
「鬼は、生きた者を指すからな。酒呑童子みてえに、後天的に鬼に転じる場合もあるが、それは生きた奴限定だ。死んだ奴は、鬼にもなれねえ」
「その点は幸か不幸かは分からねえが……」
「おいおい。何言ったんだ……この場合、最悪じゃねえか」
賀照は太刀を抜いて構え、それに倣って泡沫も扇子を構えるが――
「勝てる気しねえよ、こんなの」
賀照の珍しく覇気の無い声に、今回ばかりは泡沫も同意した。
川の水を全て吸い上げたような渦と、時折雷鳴轟く暗雲。その二つを操っているかのように、潺は立つ。
小雨の肉体に憑依しているため、見た目は少女だが――その風貌は数刻前とはだいぶ違う。肌は、細かい文字が無数に肌に張り付いているせいで、墨で全身を塗りたくったような黒一色。帯のない着物の合間からは、絵巻から伸びた糸が根を張って体内を侵食している。
「『妖怪絵巻』の最悪な所は、和歌の単語を実現してしまう所だが……」
「強烈すぎんだろ」
『五月雨の――』
潺が詠うと、川から津波のような強烈な水しぶきが泡沫と賀照を襲った。
『空だにすめる月影に――』
潺が軽く手を上げると、頭上の暗雲から雷鳴が光り――泡沫と賀照の足下に向かった。寸前で賀照が泡沫の身体を抱いて後ろに下がったため、直撃は免れたが、地面の亀裂がその力を物語っている。
『涙の雨は はるるまもなし――』
潺が両手をこちらに向けると、掌から槍状の水柱が出現し――泡沫に向かって放たれた。
全て水で出来ているが威力は岩を砕く程であり、地面に無数の穴が空いた。
嘲笑しながら去っていく男達。
私を斬った後、彼らは執拗に愛しい人の身体を切り刻んだ。もう息がないあの人の身体を、見るも無惨な姿に――。
こんな所で放置されたら、二人ともまた笑い物にされるだけ。それどころか、愛しい人はあらぬ疑いをかけられ、あの男達のせいでその濡れ衣を果たせないまま、死後も辱めを受ける。
ならばいっそ心中という事にしよう。愛しい人と、あの世へ駆け落ちしよう。
元々そのつもりで逃げ出したのだもの。行く場所が少し変わっても、別にいいだろう。
そう思った私は、愛しい人の身体を抱いて、そのまま川に飛び込んだ。
その時――懐に入れていた絵巻が、私の身体に纏わり付いた。
消えゆく意識の中、歌が聞こえた。
『五月雨の 空だにすめる月影に 涙の雨は はるるまもなし――』
そして、私は想ったの。
この歌は、私だ、と――。
*
六
『水の中でも、絵巻の中の物語ははっきりと見えた。私と同じだと思った。愛しい人を喪ったがゆえに失った恋。まるで自分自身を見ているようで……そうしたら、気付いた時、私はね、絵巻の中にいたの』
「死んだ後に取り憑いたのか」
潺が一通り語った後、賀照が警戒しながら言うと、彼女は――にっかりと不気味なら笑みを浮かべた。
「いいや、おそらく潺の意識が色濃く残っているだけだろうね」
泡沫が言った。
「『妖怪絵巻』は、悲恋を綴った物語だ。そこに怨念を封印したに過ぎない。似た想いを抱いた乙女に取り憑いた時、乙女は【残狂】と化す。本来なら、そこで、取り憑かれた人間の意識も記憶もないもんだが……」
「あの姉ちゃんは、逆に上書きしちまったって所か」
「そこまではいかねえが、近い所だ。潺の記憶と想いが強すぎるあまり、怨念を上回った。だから、意識の決定権は潺にある」
本来ならば絵巻に封印されていた怨念が人に取り憑くのだが、この場合は逆だ。人が、怨念を取り込んだ。そして、「潺」という全く別の怨霊が生まれてしまった。
「もし潺が生存したままだったら、オニに……いいや正真正銘、本物の『鬼』になっていただろうが」
「鬼は、生きた者を指すからな。酒呑童子みてえに、後天的に鬼に転じる場合もあるが、それは生きた奴限定だ。死んだ奴は、鬼にもなれねえ」
「その点は幸か不幸かは分からねえが……」
「おいおい。何言ったんだ……この場合、最悪じゃねえか」
賀照は太刀を抜いて構え、それに倣って泡沫も扇子を構えるが――
「勝てる気しねえよ、こんなの」
賀照の珍しく覇気の無い声に、今回ばかりは泡沫も同意した。
川の水を全て吸い上げたような渦と、時折雷鳴轟く暗雲。その二つを操っているかのように、潺は立つ。
小雨の肉体に憑依しているため、見た目は少女だが――その風貌は数刻前とはだいぶ違う。肌は、細かい文字が無数に肌に張り付いているせいで、墨で全身を塗りたくったような黒一色。帯のない着物の合間からは、絵巻から伸びた糸が根を張って体内を侵食している。
「『妖怪絵巻』の最悪な所は、和歌の単語を実現してしまう所だが……」
「強烈すぎんだろ」
『五月雨の――』
潺が詠うと、川から津波のような強烈な水しぶきが泡沫と賀照を襲った。
『空だにすめる月影に――』
潺が軽く手を上げると、頭上の暗雲から雷鳴が光り――泡沫と賀照の足下に向かった。寸前で賀照が泡沫の身体を抱いて後ろに下がったため、直撃は免れたが、地面の亀裂がその力を物語っている。
『涙の雨は はるるまもなし――』
潺が両手をこちらに向けると、掌から槍状の水柱が出現し――泡沫に向かって放たれた。
全て水で出来ているが威力は岩を砕く程であり、地面に無数の穴が空いた。
