心終絵巻

 料亭の物陰から、鬼の慟哭を聞きながら、『彼』は笑みを深めた。
「始まった、始まった。ようやく……これで、今度こそ……」
 が、その途中で笑みを止めて、鋭く屋根の上で叫ぶ少女を見つめる。
「今度は、ちゃんと鬼になってくれよ。そのために舞台を整えたんだ。今度こそ……会わせてくれよ、酒呑童子に」
 そう呟いた瞳は、誰かを偲ぶように「哀しみ」で揺れていた。

      *

 泡沫、賀照、巴は同時に同じ方向を見た。

『キエアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア』

 どこからか、悲鳴に似た慟哭が響く。
「おい、うた!」
「ああ、どうやら遅かったようだね」
 『商区』のとある一角。一定の箇所の空だけがどんよりと暗くなっている。今にも降り出しそうに黒い雲がその一箇所にだけ集う。
「先生!」
「ああ、分かっているよ。結界を張るから、少し手伝ってくれ……って、泡沫。何処へ行くんだい?」
 巴が話している最中、泡沫は誘われるように料亭に向かって走り出した。
「まったく……あの子は。だから気を付けろと。一番入れ込んでいるのは、君じゃないか」
「先生、うたは俺が! 先生は結界をお願いします!」
「……って、君もかい!」
 走り出した泡沫を追いかける形で賀照も走り出し――巴だけがその場に取り残された。
 まだ夜は始まったばかりであり、『商区』では談笑と酒の匂いが漂う。
「まったく……簡単に言ってくれるね。これ、結構しんどいんだけどな」
 巴が大きく溜め息を吐いた。
「ふぅ……」
 一度息を吐いた後、巴は目を閉じる。
 視界が消えたからこそ聴覚が発達し――自分の隣を横切った男の足音、ぶつかる寸前で避けた童女の心臓の音、店の中で響く談笑や罵声。全てが手に取るように分かった。
「……せめて人払いをしてから行って貰いたかったが、これも年長者の務めってやつか」
 巴が薄く笑みを浮かべると――彼の振り袖から白い影が一つずつ地面に落ちた。
 影はにょろりと動き、蛇のような動きで地面に這う。
「じゃあ、始めようか」
 巴が腕を上げると、袖口から白い蛇がとぐろを巻きながら現れた。
 ぼとり、ぼとり――と袖口から蛇が一匹、また一匹と飛び出す。そして地面を這って、行き交う人々の影へと飛び込んだ。

「蛇は寸にして人を呑むってね」