初めて冬神である刹那と出会って、私が冬の巫女だと告げられてからしばらく経ち少し暖かかった秋から寒々しい冬に変わろうとしていた。
彼はあの夜からというもの、頻繁に私の元に現れる様になった。しかも、本来は18の年になった立冬の日に私を巫女として、そして、冬神の花嫁として迎えに来ると告げていたものの、18の歳を迎えているのにほんの少し先の立冬の日までなんて待ちきれないと満月の晩に必ずやって来るようになっていた。
いつもの瑠璃奈の巫女の勤めと屋敷での仕事で霊力も気力も体力も使い切って疲れている私をそっと抱きしめ労ってくれる。労いだけでない愛情も込められた言葉と一緒に。
今までそんなことしてくれる人なんて亡くなった両親と絵梨だけだったから戸惑いはまだある。他人でしかも異性にそんな風に語りかけられるなんて始めてだった。
でも、満更でもないなっと自分でも思ってしまう。
村のみんなや叔母達はみんな瑠璃奈しか褒めないし労わない。異能を使っている私には暴力と暴言と命令だけ。
化け物の象徴だと言われていたこの赤い髪と翠緑色の瞳を美しいと説いてくれる。
会う回数を重ねる毎にゆっくりとだが刹那に惹かれてゆく自分がそこにいた。

「っ…ちょ、ちょっと…!!」

刹那は私の首筋に顔を埋め口付けをしてきた。口付けや軽く歯を立てられる感触はくすぐったさと気恥ずかしさが混じって顔を真っ赤にさせる。
その感触に慣れないせいで抵抗してしまうが嫌だと思っていない自分がいる。受け入れようとしていることに戸惑いを隠せなかった。
刹那の私への気持ちは行動と言葉で示される。彼の思わぬ行動に私はいつも驚かされていた。
彼が言うには冬の巫女や花嫁とか関係なしに私に一目惚れしたという。ここまで人を愛することなんて今までなかった様だった。
いつも自分の前に現れるのは欲に塗れた者だけで嫌気がさしていたところに、ようやく正真正銘の冬の巫女である私を見つけた。そして、一目見た途端惚れしまったと。
もちゆきくんを助けてくれたことも惚れた一つの要因だと彼は言っていた。もちゆきくんが普通の子犬ではなく式神だった方が驚いたけれど。
確かに刹那は私に嘘偽りない深い愛をくれる。私には勿体無いほどの深過ぎる愛をいつも。
嘘偽りのない刹那からの愛情のお陰で、口付け以上の事も受け躊躇なく入れることもできた。怖かったけれど、刹那は私の気持ちを汲み取り大事にしてくれた。
会えない晩があった時は貪る様に私に愛をぶつけてくる。
罵られ利用されるだけだった私を愛してくれる彼の気持ちに応えようと必死だった。

「七海のそばにいると落ち着く」

それは私も同じで、刹那のそばにいると落ち着き霊力が回復してゆくのだ。
どうやらそれも冬の巫女の証であると刹那から聞いた。
冬神と冬の巫女は切っても切れない存在なんだそう。霊力が安定させてくれるのはその影響らしかった。
異能を限界まで使って霊力が空になってしまっても刹那がいる晩だけ回復が早かった。きっと刹那もそうなのだろう。
彼との出会いも、彼の花嫁になるのも必然だったのだと異能と霊力によって示されていた。
そういえば、初めて会った時は"刹那様"と呼んでしまったが、初めて口付けを交わした際に様付けしないで欲しいと言われてしまった。
四季神という立場の彼に呼び捨てなんていいのかと考えてしまったが、いざ彼の事を"刹那"と呼ぶととても嬉しそうに微笑んでくれた。
彼がくれた不思議な氷でできた百合の髪飾りを付けて待つ様になってからも「付けてくれたのか」と満足げだった。
私が刹那に惹かれ始めたのもこの優しげな笑顔と偽りのない想いを少しずつ受け入れたからだろう。
それでも、今までこの容姿のせいで迫害され続けた影響が出てきてしまう。このまま彼のそばにいたら足手纏いではないかと。

「本当に私なんかでいいの?こんな髪と目なのに」
「こんなって言うな。全部美し過ぎる。それなのにアイツらは七海のことを化け物だとか言いやがって…」
「でも、本当のことでしょ?私の周りにはこんな色の人誰もいないもの」
「それは七海が特別な人だからだ。化け物でもなんでもない。どんなに蔑ろにされようと優しく誰にでも手を差し伸べ助けてきた。もちゆきを助けてくれたのが何よりの証だろ?」
「…そうね。ありがとう刹那」

刹那は瑠璃奈達や村のみんなに怒りをぶつける。
私と初めて出会ってからというもの、彼は妖や式神達を使って私の身の回りのことを調べ上げたそうだった。
私が置かれている環境と差別、瑠璃奈が冬の巫女として認められてしまっている事等全部。
早くここから私を連れ出したいと刹那は言ってくれたが、私が黙って此処からいなくなってしまったら悪意の矛先は妹に向けられてしまう。だから、立冬の日まで待ってほしいとお願いしていたのだ。
叔母達や瑠璃奈達に事実を告げて、絵梨を取り戻してから刹那とこの屋敷を出たいと思っている。
刹那が最も怒りをぶつけているのは義妹の瑠璃奈と叔母達へだ。
全てを失った私への仕打ちを彼は許さなかった。きっと私の背中を見たからだろう。

きっかけは、刹那と出会ってから少し経った初めて体を重ねた満月の晩。
私は誰かに背中を見られるのが嫌だった。
叔母達は理不尽な理由で罰を与える時や憂さ晴らし私に危害を加えてきた。その結果、身体中に傷の痕や火傷の痕が残ってしまった。
手や足にも傷跡があるのだが特に酷いのが背中だ。
叔母達や瑠璃奈は私の背中を蹴ったり、物を使って打ったり、熱湯をかけたりしてきた。気づけば傷ひとつなかった背中はボロボロになっていた。
ある晩の刹那との逢瀬で、背中にかかった長い髪で覆い隠していたが少し傷痕が見えてしまったらしく、気になってしまったのか彼に見せてくれないかとせがまれてしまった。

「ダメ。私の背中すごく汚いから」
「それでも構わない。七海の全てを受け入れたいんだ」
「…幻滅するわよ。見たら絶対に後悔もする。こんな身体の私を巫女として、貴方の花嫁とし受け入れるのは」

瑠璃奈の策略で仕向けられた男に襲われ背中を見られた際に汚いと叫ばれたのが頭に焼き付いている。こんな気持ち悪い傷だらけの女を抱きたい男なんていないと罵倒され拒絶された嫌な思い出。

「あーあ。可哀想なお義姉(ねえ)様。こんな傷だらけの身体じゃ誰も愛してくれないわね。お嫁になんか一生行けないんじゃないの?まぁ、道具としては使えるかもだろうけど。あはは♪ほーんと、誰からも愛されない人ってなんて惨めなのかしらねぇ♪」

あの時の瑠璃奈は私を見てそう嘲笑った。彼女の言う通り過ぎて私は何も言い返せなかった。
瑠璃奈の言葉が頭の中に蘇って傷痕と火傷痕が刻まれたこの身体を刹那に見せるのが怖い。
刹那も私を襲おうとした男と同じ事を言うのかもしれない。
こんなに私に愛を説いてくれている彼の口から聞きたくなかった。怖くてこの背中を見せる勇気は今の私にはなかった。
刹那が背中にかかる私の髪をそっと掻き分けた途端、拒絶されてしまうと感じ思わずぎゅっと目を瞑る。
彼の目に映る傷だらけのボロボロの背中。怖くて言葉が出ない。今すぐにでも逃げ出したかった。
けれど、彼がそれだけで私を諦めてしまう様な神様ではないを思い知らされる。

「……刹那?」

私を後ろから抱きしめてきた。とても力強く、私の肩に顔を埋めて。
彼の中に拒絶という選択肢なんて最初からなかった。もう離したくないと言葉にしなくても痛い程伝わってきた。
私はそっと目を開き刹那の顔を見る。

「…すぐに見つけられなくてごめん。七海をこんな風にしたのは俺のせいだ」
「刹那は何も悪くないわ。私が弱かったから」
「七海は弱くなんかない。十分立ち向かってきたんだ。二度とこんな目に遭わせるもんか」

拒絶なんかない。ずっと耐えてきたものが報われてゆく。
父さん達が言っていたことが現実になってきている気さえした。
この背中を見ても逃げ出さず受け止めてくれた刹那に向き合う。彼は悔いと悲しみが滲ませた決意を秘めた眼差しを私に向けた。

「今度は俺がお前を救う番。必ず此処から連れ出して幸せにする」

刹那のその言葉を信じて私は彼に身を預けた。
冬の巫女を迎える立冬を迎える前に一線を越えてしまったがお互いそんなこと構わなかった。
夜空を照らす満月が私達を祝福する様に照らしていた。