「君、こういうサークルなんだけど入るかい?」

「……え?」

 気付けば、目の前に男性が立っていた。
 痩せ型の体形の彼は、私にプリントを差し出していて。

「あ、あの。つかぬ事をお聞きしますが、ここはどこですか?」

 突拍子もない出来事の連続に、自分で頭の中の記憶を探るという事を忘れて訊いてしまった。

 今、気付いた。

「え? ここ大学だけど、どうしたの?」

「……???」

 私がはてなを浮かべていると、男性も首を傾げて、あら不思議。同じポーズ。

「まあ、いきなり話しかけた俺が悪い。困惑しちゃったよね? とりあえず、このプリントだけでも」

「え、ええ……」

 大学、そうだ。大学に入ったんだ。
 今の私には、いつの間にか蓄えた知識と記憶がある。

(ふーむ、サークル……か。入ってみるかな)

 私に手を振り、見送ってくれる男性に、愛想を含めた苦笑いを浮かべ、帰路につこうとした。

 その時だ。

 また、感覚が遮断され、いつの間にか場面が切り替わっていた。


「いやー、わがまま聞いてくれてあんがとね、ひいちゃん」

「……えっ、えっ?」

 気付けば、周りは海で、私は砂浜に体育座りしてる。

 遠くの夕暮れが綺麗で、海も黄昏に染まっているけれど、問題な事に、私の隣に男性が。

 しかも、話しかけてきてるし、顔を見れば、サークルに誘った男の人。

 なんでこの人、ちゃん呼びしてきてるんだ? なぜ、なぜ……。

 ……いや、思いだした。

「まさか、俺達、付き合うなんてね。自分でもびっくり」

 この人はがくとさん。

 私を、サークルに誘って、そのサークルにいたヤリチンの被害に合わせた張本人。

 もちろん、がくとさんも責任を感じて、必死に私を守ってくれた。

 でも、必死になりすぎて、男の人が話しかけてきただけで、相手からガードしたり。

 いっとき、この人が先輩だから、ボディーガード先輩なんて呼んでたっけ。

「ひいちゃん、こんな俺を好きになってくれてありがとうね」

 そう、私はこの人に告白した。
 自分でも馬鹿らしいけど、こんな私に必死になってくれるのが、ただ嬉しくて。

 彼の事が、可愛く思えて、気付けば惹かれてた。

「ふふ、ふふふ」

「んー? 何がおかしいの? ひいちゃん」

「いえ、なーんでもないですよ。ボディーガード先輩♡」

「あーっ! また、その呼び方した! 俺、そう呼ばれるの嫌いって言ったじゃーん!」

「ふふふ、あはははははは!」

 楽しい、楽しいな。

 そうやって、ひとしきり笑って。

 彼の方を見ると彼がいなくなってた。

「……???」


 気付くと周りは、スーツ服に身を包んだ人がどたばたとしていて、私も女性用のスーツを着てた。

「……あれ?」

 なんで。そう思うが、その思考を阻害するように、周囲は慌しくしていて、考えようにも人が話しかけてきた。

「高木さん! これっ、取引先の!!」

 ……取引先?

 ぼんと置かれた書類には、細かい文章が並んでいて、見ているだけでいやになりそう。

 書類の先には、ノートパソコン。隣には、分厚くなったファイルがズラリ並んでいて。
 周りの人を見れば、バタバタ移動する者や、血走った目でパソコンに向かい合う者。

 はたまた、少し離れた所に設置されてるプリンターが変な音を出し始めて、近くにいた男性が「あれ!? まさか壊れた!?」なんて言う始末。

 これは仕事場、だよね? 私の記憶にも就職した思い出あるし。

(え~~~、やだー。とりあえず、自分の仕事やらなくちゃいけないや~ん)


 残業にもなって、疲れ切って終わらせたのに「飲み会行こうぜ~!!」なんて言ってるハゲの上司をぶん殴りたいが、私は業務中に大事な事を思い出したのだ。

「どうだーい? 高木くんもいかないかーい?」

 ……、うん殴りたい。
 でも勘弁してやろう。私のこれからの用事の方が大事。見逃してやる。


 会社をでて、いつもの帰り道とは違う道を辿り、小走り程度に早く歩いていく。

 ヤバい、待ち合わせに遅れる。

 ある噴水広場に着くと、あの時の彼がいて。
 コートを身に纏い、片手をポケットに突っ込んで、スマホをいじる彼は、どこか様になっていた。

 こそこそと、足音を立てないよう忍者歩きして近付く私。
 彼の元に辿りついては、ニヤニヤしながら彼の肩を、とんとん叩いた。

「せーんぱい! お久しーです!」

「おっ……! ひいちゃん久しぶり! で、なにその挨拶?」

「へへへ、私流のご挨拶ですよー」

「まったくもー」

 ひとしきり、二人で笑って、街に繰り出す。
 お買い物して、ちょっとお高めのアクセサリー買ってもらったり、二人で本屋に立ち寄ったり。

 たまに好きな本の議論になって、疲れては、オシャレなレストランにいって。

 お腹いっぱいになって、最後に飲んだ赤ワインで頭の中も、曖昧な気持ち良さでいっぱいに。

「せんぱ~い、そろそろ結婚しましょーよー」

 べろべろに酔った私は、心の片隅に置いといた物を意図もたやすく言葉にしてしまう。

 しっかりとした場面に言おうと思ってたのに、勿体ない。

 まったく自分てやつは、つくづく。

「うーん、でも、ひいちゃんの仕事落ち着いたにしよーね?」

「うわ~ん、うわ~ん! せんぱいがいじめりゅ~!!」

「こらこら」

 がくとさんの腕にしがみついている私に、イヤそうな素振りを見せない、苦笑いな仕方ない、というような表情。

 あー、居心地がいい。

 これがずっと続けばいいのに。

「……ぬっ! あそこにラブホが! 隊長、初めてを今日やっちゃいますか!!!」

「な、なにその軍隊みたいな」

 まあ、いいよ。

 赤い頬をさらに紅くして、私の言うがままに付き合うがくとさん。

 大学の時は、ヤリチンに連れて行かれそうになったラブホだけど、ようやく本来の使い方が分かった気がする。

 
 がくとさん、好き。