ゼロに沈む眠り姫は、破滅に導くプログラム


「三浦先生? その手に持っていらっしゃるのは……もしかしてわたくしの」

 席を外していた2年2組担任の綾小路が、四十路(よそじ)に突入した年齢を感じさせない、美麗な面差しを曇らせてペットボトルを凝視している。

「ほわぁぁぉあ! 誤解です! 誤解なんですっ!! 美魔女先生だったら、オレが喜ぶなんてっ、そんなあっさい軽薄な想いなんてあるワケないじゃないですかぁぁ!」

「ミュウーラ、詰んでるよ」

 天麗(あめり)の呟きと共に、三浦の手の中のペットボトルは、綾小路の手によって速やかに回収された。

「っ……とにかく。惣賀さんと、薮さんは、即刻離すべきだと判断した。席替え、するからな」

 綾小路の冷たい視線に顔色を青くし、半べそをかいた三浦の涙声が職員室の床に力なく落ちた。




 さて、惣賀(そうが) 天麗(あめり)が立ち去った後の職員室では、項垂れる三浦を見かねた綾小路が、苦笑しつつ「そういえば」と声を掛けた。
 途端に、忠犬もかくやとばかりに、キラキラと輝く視線が返って来る。

「三浦先生は、何故あの二人をくっ付けたんですか? 教室に連れて行く前から、如何にも余所事で意気投合しちゃいそうな雰囲気でしたでしょ」

 タブレットを手に、感動に打ち震えつつ、奇声を上げていた天麗(あめり)は、職員室に居た全員の注目を浴びていた。
 そして、三浦の担当する2年1組には、既にデータ解析オタクが過ぎる問題児、薮 孝志郎が居ることも周知の事実だった。似た属性の2人だからこそ、併せて様子を見ることはあっても、並べて相乗効果を生み出すとは誰も思って居なかったのである。

「いやー、オレにもちょっと思うところがありまして」

 不意に、懐かしい景色を見遣る色を瞳に浮かべて、三浦が訥々と話し出す。

「オレがこの学園でアイツラと同じ2年生だった時……よく似た同級生が居たんですよ。ソイツと重なっちゃって」

「確か三浦先生は、AI教育導入の初年度生でしたわね」

「はい。その時に同じクラスに居たのが、彼女みたいにAIに興味があり過ぎて、好きすぎて、友達からも孤立して。
 最後には……。
 そんなことにならないように、仲間を作ってやりたいと思ったんです」

「ああ、あの事件のことですわね。当時、マスコミも大騒ぎで、県外に居たわたくしの耳にも入っておりましたわ。導入初年度ならではの不具合が引き起こした、《《予期出来ない不運》》な出来事でしたものね。三浦先生のトラウマになっていてもおかしくはありませんわね。
 なら尚のこと言わせていただければ、あの子たち……惣賀(そうが)さんと薮さんが、そんなことになるとはとても思えませんわよ?」

「だったら良いんです」

「あの事件、当時中学2年生だった彼女は、一見どこにでも居る普通の子だった。けど実際は、色々内に抱え込んでしまって、一人ではどうにもならなくなって」

 膝下で、祈るように組んだ両手をじっと見詰めた三浦が、一瞬言葉を詰まらせる。
 想い出とは言い難い、悔恨の念が込み上げて。

「抱え込んでる奴は、一見しただけじゃあ分からないもんなんです。だからオレは生徒のことを親身に見てやりたい。特性を、為人(ひととなり)を理解して、寄り添ってやりたいんです」

 綾小路は、理想に燃える三浦に、眩しいものを見る目を向けつつ、けれど一つ溜息を吐いて「教師の出来る範疇を越えていますよ」と呟く。

 28歳、教員生活六年目を迎えた三浦にも、それは薄々分かってきている。けれど止められないのだ。

「それでも、彼女が相談し続けたパーソナルAI以上の関係を、生きた人間がどうして作ってやれなかったんだと……。今でも後悔が残っているんです」

 14年前。三浦の同級生だったひとりの女生徒は、最終的には、相談し続けたパーソナルAIに消されかける事態となってしまった。マスコミにも大々的に採り上げられ、悩みにまで土足で踏み込まれた彼女は、同級生の前から姿を消した。

 当時の暴走したAIの思う通りになったのだ。