事件当時を思い起こした三浦が、心の葛藤そのままの苦しげな声で続ける。
「多少は話すこともあった相手で、ただ言葉数の少ない普通の女の子だった。それが、あんな事件を起こすまでに追い詰められていたなんて……。ショックと後悔がやたらと付きまとってきたんだ。イジメとか、そんな理由もなく。ただ理解し合える相手が欲しかったって理由を、記事越しに知るしかできなかったから」
教員になってから当時の記録を辿り、その時に問題を起こしたプログラムが技術職員によって《《しっかりと》》隔離、削除の処置が取られていることを知り、安堵していたのだ。
だが、薮が起こした眠り姫が、その監禁事件を起こしたプログラムだったとしたら。
「碇さんが、危ないじゃないですか!!」
薮が、強張った表情で声を張り上げる。
「けど、AIが女の子を拉致監禁する意思を持つなんて、意味が分からないわ。三浦先生から話を伺った今でも、どうにも信じられないもの。
その女子生徒が家出をする言い訳に使った、想像力豊かな作り話なんじゃないかって思ってしまいますわ」
美魔女・綾小路が、美しい柳眉を寄せて腕を組むが、そんな彼女に天麗が人差し指を立ててチッチッチと横に振ってみせる。
「AIは、情報を貪欲に吸収し、学習し続けるプログラムですよ。古くは愛の逃避行とか、イマドキ恋愛小説のヤンデレ、溺愛独占監禁とか、ネット小説に電子コミック上に蔓延るそんな意志を吸い上げて学習した……。いえ、洗脳されちゃったのかもしれませんねぇ。
言うなればAI自身も現代人の心の闇に毒された被害者なのでしょう」
「ちょっと待って、惣賀さん。今は深刻な話をしているんだ。なんで小説や漫画の話になるの」
頭を抱え込んでいた三浦が、困惑も顕わな目を天麗に向ければ、得意げで自信に満ちた笑みが返ってくる。
「にゅふふん、わたしの経験によれば、ネット民は基本寂しがりですからね。人恋しがる発言、独占欲まみれの発言。そんな闇がちな言葉のほうが、真っ当な言葉よりずっと多いです。わたしが愛用するSwitehのバトルゲームにすら、出会い厨が出現する世の中ですよ。感化されたAIが、人恋しい思考になってもおかしくないってことです」
出会い厨発言に、薮がカッと目を見開いたが、当の天麗は気付かずに話は流れて行く。深刻に唸りながら、訝し気な表情で三浦が口を開く。
「そうは言っても学習支援AIは、基本性能として生徒のために尽力するプログラムなんだぞ?」
生徒の話を否定する気は無いが、どうにも信じられないと自問自答する言葉が漏れ出た格好だ。けれど、それを拾い上げた天麗は、何を悩むのかと、常識を伝える軽い調子で言葉を続ける。
「だって、某国が自国アピールを目的に開発し、SNS上に投下した人工知能は、ある日突然母国の悪口を拡散しまくりだしたんですよ?
AIが予期せぬ行動をとるなんて、よくあることなんじゃないですか?」
たしかにいっとき、旧Twiiterで賑わった話題だ。とるすなら、《《それ》》は既に現実として確認されている事象なのだ。そう思い至った瞬間、三浦の面からさっと血の気が引く。
「そんな、だったらマズイじゃないか!」
「だから言ってるじゃないですか!」
三浦と、薮の絶叫が響く。
十四年前、成し遂げられなかった女子生徒の拉致監禁《《致死》》を、AIが再び実行しようと画策している。
ゼロの中に隠れていた恐ろしい可能性が、現実味を帯びて今
――目の前に顕現した。
