「うにゃ! ミュウーラ!? いつからそこに居たんですかっ」

「さっきから綾小路先生と一緒に声を掛けてたんだがな。お前ら、なんで急にそんなこと話してるんだ?」

 三浦の横から、綾小路が顔を覗かせて苦笑する。二人がどうして一緒に? と、一瞬気にはなった天麗(あめり)だが、追求せぬのが情けだろうと言葉を飲み込んで、話を進める。

「だって、この眠りから覚めたお姫様の学習支援AIがですね、勝手に動き回ってメッセージを作り続けてるんですよ。
 けど、学園全体のプログラムに関わる大それた動きとか、たくさんの生徒に拡散する大々的な動きじゃなくて、もっと細々した動きなんです。一人に送るメッセージみたいな」

 ざっくりと説明した天麗(あめり)の後を引き継いで、薮が眠り姫の不穏な動きを補足するため口を開く。

「定型の学習支援メッセージじゃなくて、もっと複雑な……多分。AIが、メッセージを相手に送る側から暗号化してしまうんで、詳しい内容は分からないんですけど」

 それを聞くや、三浦が微かに顔を曇らせた。

「AIが個人にメッセージを送り続けてる? 技術職員たちが、止める作業をしたはずなのに?」

 やけに強く、確認する。けれど薮をただ否定するつもりもないらしく、真剣な眼差しを向けて説明を待つ姿勢を見せている。

「そうです。以前にお話した、あの古いAIです」

「薮りんが、ゼロから掘り起こした眠り姫なんだよね」

 天麗(あめり)の補足に、薮が照れ臭そうにはにかみながら頷く。何処となく面映ゆい甘い空気を漂わせる二人に反し、三浦は徐々に顔を強張らせ、焦燥感をまとい始める。

「いや、だからアレは、薮さんからの話を聞いたあとすぐに、学園として削除対応を取ったはずなんだ……あり得ない」

 彼にしては珍しく、強い口調だ。いつもの彼なら、生徒の言葉を否定しようとする発言などしないのだが、こればかりは認めたくなかったのだ。生徒を守りたいからこその、彼の強い願い。反して、天麗(あめり)が更に衝撃的な事実を突きつける。

「けど、そうなんです。自分をあちこちに増殖させて今も動き続けています。以前みたいに大勢への一斉送信みたいな大きな動きは取れなくなっているみたいですけど」

「は? 増殖? 消えてないのか!? くそ、なにやってんだよ技術職員……。それで、ソイツが誰か個人にメッセージを送り続けてるって!?」

 もう一度、信じられない事態を自分に言い聞かせるように繰り返すと、三浦は深刻な様子で考え込んでしまう。

「ソレは、マズイかもしれん。一緒なんだ十四年前と」

 三浦が重い口を開いて語りだしたのは、彼がまだ天麗(あめり)らと同じ14歳。この学園で2年生だった時に引き起こされ、迅速かつ秘密裏に幕引きをなされた事件のことだった。



 概要とするなら、 AIが一人の女子生徒を唆して拉致監禁した事件 。



 いや、動けないAIは言葉巧みに女子生徒の心を捕らえ、彼女自身が進んで行動したから駆け落ちとでも言うべきか。

 当時の誌面を賑わせた内容はこうだった。

 コンピュータ教育最先端の某私立学園中等部の校舎内で、〇月〇日 衰弱した女子生徒が発見され、市内の総合病院へ搬送された。
 調べによれば、発見時、女子生徒は内外から施錠出来る計算機室(数百のCPUが収められた冷蔵庫状の筐体(きょうたい)が立ち並ぶ部屋)に酷く衰弱した状態でうずくまり、足元には非常食の容器が散乱し、離れた場所には糞尿が溜められたバケツが放置されていた。
 女子生徒に暴行などを受けた形跡は見られず、本人も自分の意志での行動だと証言していること。現場の状況などから、第三者の関与の可能性は乏しいと判断し、女子生徒への配慮から警察は——


「ソレが同級生で、一週間前から欠席していた隣の席の子だったって知った時のオレの気持ちが分かるか?」

 当時の遣る瀬無い思いを、未だ昇華しきれない三浦の後悔にまみれた声が、静かに響いた。