三浦と恵利花の登場で、亜美と稜斗は絶対的な立場の不利を瞬時に理解した。
もとより、何か証拠があって天麗が画像投稿したと言っているわけではない。けれど、状況的に彼女しか考えられなかったし、何よりそうした方が仲間の為になると考えたからだ。
「亜美が、惣賀ちゃんの仕業だって苦しんでるから。注意してやろうとしたんだ」
来生 稜斗は不貞腐れ気味に呟く。
場所は、本日二度目の相談室だ。部屋中央の机を挟んで、片側に三浦と、副担任。対面に亜美と稜斗が並ぶ。
「惣賀さんのタブレットや、学園通信システムのデータ送信履歴も、技術職員さん総動員で確認してくれている。結果、そんな事実はなかった。何なら、クラスメイト全員分は調査済みだ」
キッパリと言い放つ三浦に、稜斗が悔しげに唇を噛む。
「けど、ならっ、他に犯人になりそうな奴なんて、居ないじゃないですか」
「居ないな。けど事実として画像が出回った。申し訳ないが、オレ達にも今はまだ、どうしてこんな事が起こったのかは分からん。けど、誰かが意図的にやらなければ発生しないと云うことは確かだ。
オレは絶対に、二度とこんな事が起こらないよう対策するつもりだ。だから、この件は先生たちに任せて欲しい」
「クラスの、誰でも、ない……」
稜斗は力無く呟くと、隣の亜美にチラリと視線を遣る。彼女は、ただ顔色悪く俯いて唇を噛み続けている。
画像の内容は、同じ《《仲良しメンバー》》である亜美が恵利花を貶め、小学生から続く仲間の結束を壊しかねない対話だった。
同じ仲間内で、あってはならない考えだった。
だからこそ、グループ外の天麗の仕業だと言う亜美の言葉を、稜斗らは信じることにしたのだが。
些細でしかなかった違和感は、誤魔化しきれない不信感に肥大化し、彼を飲み込んでゆく——。
一方、相談室からずっと黙りこくる亜美は、頭の中で勝算のない無実への計算をずっと繰り返す。
あの対話は、間違いなく亜美の入力した文章だった。けれどもあれは、気を遣う必要の無い、無機質なAI相手だからこそ吐露した内容だ。
「認められない……」
夢現に浮かされた抑揚の無い言葉が、亜美の口から漏れ出る。
呆然として、焦点の定まらない視線を机の一点に向けている彼女に、稜斗が険しく吊り上がった目を向ける。
「なあ、亜美。あれって、本当に、誰かに陥れられたのか? 勝手に書かれた内容なのか?」
違うだろうと言わんばかりの詰問口調に、視線に意思の光を取り戻した亜美が、怯えた色を宿して稜斗を見詰める。
「なに、言ってんの? あた……アタシが、トモダチに、あんなこと……。言うわけないじゃん」
「あれは、本人の居ないところでの陰口だったよな。あれって、亜美と誰かが実際に話した恵利花の陰口なんじゃねーの? ソレを誰かがリークした画像なんじゃないのか!?」
「アタシを、そんなヤツだと思ってるワケ!? 恵利花とは、ずっとトモダチなんだよ!」
「いや、どうだかな。だってさ、最近の亜美は、しんどそうな恵利花の心配を、本気ではしてなかった気がするぜ?」
挨拶ついでに、労りの言葉を口にしても、おざなりな視線や、興味半分の態度が透けて見えれば、心底心配していない事など分かってしまう。友人と言えるほど近くにいるなら尚の事、些少の態度の違和感にも気付く。
亜美が恵利花に向ける最近の行動を思い起こせば、言葉や態度の端々にマウントを取るものが含まれていたのだ。「大丈夫?」と掛ける言葉も、軽々しいお喋りの延長線であったり、茶化しを含む表情であったり。
「亜美のこと、ちゃんと分かってなかったのかもな」
溜息混じりの稜斗の言葉は、どこまでも距離を置く他人行儀なものだ。苦しむ恵利花とじっくり向き合い、親身に関わろうとしなかったのは、稜斗を含むトモダチ全員にしたところで同じなのだが、彼は亜美と線引きをして、責任逃れを図った。
友達・仲間と言いつつも、恵利花とも、亜美とも、苦しみを分かつつもりも無い。手を取り合って面倒事に対面したかと思えば、不利な条件が浮かび上がった途端、距離を取ってぬるりと躱す。
掛け替えのない仲間を信じる一途さでもって、亜美を擁護する情はない。潮が引く速さで、仲間だと信じていた者たちが離れて行く。
互いを思い遣るトモダチ同士が、共に力を合わせて問題を排除しようとしていたはずなのに、隣に座る稜斗との距離は酷く遠い。
それが酷く亜美を傷付けた。
