薮の告白によれば——。

 彼は自らの好奇心と執拗な努力により、私立多聞学園中等部のマザーコンピュータにおける管理者(アドミニストレータ)権限を入手し、閲覧、設定を可能としただけでなく、実際にアクセスを行っていた《《らしい》》。

 如何なるデータへの干渉も可能とした彼は、学園生の家庭環境など個人情報や、成績、未だ行っていないテスト内容へのアクセスも可能ではあった。だが、ソレには全く興味はなく、データの保存箇所を把握するのみで、見ることすらしなかった《《らしい》》。

 彼が日々勤しんでいたマザーコンピュータへの干渉は、専ら削除されたデータの掘り起こしで、それを用いての悪用などは一切考えず、ただ掘り起こすことに充足感を覚える、宝探しのようなものだった……《《らしい》》。


 見事に「《《らしい》》」だらけとなった薮の罪の全容だ。

 何故なら、ソレが本当かそうでないかなど、証拠として提示された機械語を見せられても、その場にいる誰一人として分からなかったのだから仕方がない。

「ちゃんと、三浦先生に告白しなくちゃいけないと思いました。ついにこの前、僕はマザーコンピュータのプログラムの奥底に眠る、何重にも削除を掛けて、念入りに消されたデータを、復帰させることに成功したんです」

「んん? 削除したものを復活させたの!? そんな事したら、エラーデータや、不要データ、ダストファイルが増えて、困るよね!?」

「あ、いえ。そこは大丈夫です。僕はそんな通り一辺倒なただの捨てデータに興味はないですから」

 苦悩に歪む顔から、スンッと表情を消して薮が断言する。
 そう、あくまで彼の価値観に添ったデータでなければ、一般的には利用価値が高いモノでも、無価値も同然。眺める気すら起こらない。

「ただの削除で消してしまえるものなんて、消えていないも同然です。こうして画面を見ればすぐに正体が見えてしまいますから」

 その画面に羅列される機械語の意味が、皆は分からないのだが。

「そんなものよりも、僕は何重にも削除を掛けて、存在を執拗に消さなければならなかった宝……いえ、消しているゼロに挑むことに達成感、充足感、興奮を覚えていました」

 ソレは完全なる「(へき)」であり、「嗜好」であり、彼の本質である。

「そして昨日、ついに、眠り姫を掘り起こしたんだ! 僕は!!」

 キラキラと瞳を輝かせ、胸の高さで拳を握る薮は、達成感を込めて言う。だが次の瞬間、彼の表情は、厳しく眉を寄せた苦悩の色に染まる。

「だから、亜美さんのおかしな投稿も……。たぶん僕のせいだ」

「なんでそれが薮りんのせいになるの? 薮りんは宝探しをしてただけだよね。掘り起こしてたのは確か……何の変哲もない、普通で、休止中の、パートナーAIだって、言ってましたよね」

 昨日の昼休憩での薮との会話を思い出しながら、天麗(あめり)は怪訝に首を傾げる。三浦も微かに、うんうんと首を縦に振っている。
 薮は辛そうに目を細め、ぐっと唇を噛み締めてから、ようやく口を開く。

「僕が(ゼロ)から掘り起こした眠り姫は、古い古いAIの一部なんだ。彼女が起きて、削除されていたAIの思考の一部が復帰した。その影響で、学園AIは今までに無かった行動を取るようになった……と思う。
 発信源を特定させず、セキュリティーがガッチリかけられている個人の相談内容を晒すなんて。AIじゃなきゃ、あんなおかしなことは出来ない」

 沈痛な面持ちで自らの罪状を述べる薮に、天麗(あめり)は腕を伸ばして、彼の頭の上に手の平をポンポンと撫でるように置く。失敗した友人を慰める精一杯の感情表現だったが、彼女とは逆に、三浦は気が抜けた様に「ははっ」と笑い声を上げた。

「おいおい、気負いすぎだぞ、薮さん。たかだか中学生一人に、国の最先端技術を担う研究者さん達が技術の粋と、莫大な費用を投じて開発したAIをどうこう出来ると思ってるのか? 自分を大きく見過ぎだよ。そんな、責任を感じることが起きてる訳ないさ」

 自分の力を過信した、子供の夢物語を笑い飛ばす。通常なら、三浦は生徒に寄り添う教師の立場でそんなことは絶対に言わない。けれど必要以上の責任と、罪の重さに潰れかけている生徒を救うため、今回ばかりは、敢えて明るく笑い飛ばして見せた。
 それでも、薮の表情は優れない。どころか天麗(あめり)までもが、残念なモノを見る目を三浦に向けて来る。

「ミュウーラ、薮りんは本物ですよ。わたしの本能が訴えてます」

 自信満々の天麗(あめり)に、まだ「わかったわかった」と笑みを崩さない三浦。その遣り取りに、一つ溜息を落とした薮が、決意を秘めた凛とした声を上げる。

「三浦先生。僕は、だいぶ色んなことが出来るんだ。例えばマザーコンピュータに火事だと誤認させる情報を送り、非常ベルは鳴らさずに防火扉だけ閉めるとか」

 ぱたた・と軽やかに、薮の指がタブレットのキーボードを叩く。

 どーん ばたーん

「あ、はははははははは……。なんだか、扉が閉まった音がした、ね?」

 三浦の顔が、これ以上ない引き攣り笑いの形で固まっている。

「はい。そうマザーコンピュータに働きかけましたから」

「ちょっと待って!? ホントに出来るの!? やっちゃったの!?」

「だから、そう言ってるじゃないですか」

「ちょ、待っっっっ……っ! うぅ、まさか!? けどっ。く、オレの手には抱えきれないっ……。技術職員さんに……!? いや、ちょっと待って、まずは防火扉を元に戻せないかな!?」

 どどーん ばたん

「扉、戻しました」

 困惑しきりの三浦だが、薮の能力と、彼がマザーコンピュータに関与出来る事実は認めたらしい。「もうやだ。今の子って怖い」と、泣き笑いの表情で呟いている。
 が、急に何かに気付いたのか表情を輝かせて、前のめりになる。

「そうだ、薮さんっ!! 今みたいにAIの方も戻せないの? 埋めなおすって云うか、もう一度削除したら元通りになるでしょ!」

 けれど、薮の表情は曇ったまま。ゆるゆると首を横に振る。

「やってはみた。夜の投稿を見て、必死で削除を掛けて、できる限り動きを制限するようにプログラムを書いたつもりだけど、完全に動きを止められないんだ。眠り姫が消されない様に、自分で何かやってるのかも――AIだから、自分で考えて」

「わかった。オレからも至急、技術職員さんや他の先生たちに事情を説明して協力を仰ぐから。心配すんな! 中学生のやらかしなんて、大人のオレたちが対処できないワケないんだから、な!」

 沈み込む薮に、三浦が空元気全開で笑顔を向ける。だが、何かが起こってしまったことは理解したらしい。「お前たちは、早く家に帰るんだぞ」と言い残して、ほぼ駆け足にしか見えない急ぎ足で保健室を後にした。

「僕が起こしたのは、眠り姫なんかじゃなく、起こしちゃいけない化け物だったのかもしれない」

 生徒三人だけが残った保健室で、薮の暗い呟きが、重く響いた。