14年前、プログラミングは小学校一年生から必須の履修科目に加わった。

 今や、幼稚園児からの習い事には「スイミング」「体操」「そろばん」「英会話」など定番のラインナップに、当然の顔をして「AIプログラミング」が並んでいる。

 新型感染症の世界規模アウトブレイクで、慌ただしく取り入れられた遠隔授業。その進歩と波及は目覚ましく、今や一部の学校機関では、専用AIシステムを組み込んだマザーコンピュータが導入され、子供たちのより良い教育環境作りに大きな影響を与え続けている。

 例えば、個々の学習理解度の把握。
 学習や担任の変更による成績への影響はもちろん、親の勤務先や職種をもとに、正確に算出した経済状況や、親兄弟の情報を織り込んだ生徒一人にかけられる経済的余裕。――そんな、一昔前ならばプライバシーの侵害だと言われる項目までもを、学園AIシステムは把握し、生徒個々に適した学習内容を提示する。

 AIは、生徒自身がうっかり入力した呟きや、悩み事をも把握し、学園内や家庭における人間関係もつぶさに分析し続ける。そして担任教師や親よりも早く、生徒の問題に気付く。
 結果として、学習環境へのAI導入により、学習効率が上がるだけでなく、水面下に潜みやすい虐め問題までもが劇的になくなった。

 学校生活に、AIは欠かせないシステムとなったのだ。

 けれど多岐にわたる個人情報はとてもセンシティブで、罷り間違っても外部に漏らす訳にはいかない。そこで教育現場を指揮する文部科学省は、専用AIシステムを組み込んだマザーコンピュータを、各校独立させて外部から切り離すこととした。


 私立多聞学園中等科――この学園こそ、そんな最先端システムを逸早く取り入れた学園。
 学園の創始者であり元文部科学省長官でもあった初代学長・多聞 天助が、政財界へのコネをフルに活用して、逸早く件のシステムを導入したモデル校。AIによる生徒指導が初めて取り入れられた最先端教育機関であった。


 その学園に、生徒らが続々と登校する。朝のホームルーム前の時間。
 職員室では、若い男性教師が、真新しい制服の少女に学園規則や設備の説明を行っていた。どこか素朴で勝気な印象を受けるサラサラ漆黒のミディアムヘアーに黒目がちな大きな瞳が印象的な少女だ。

(にゅふふっ。今日からここがっ、わたしのホームグラウンドになるのですね!)

 彼女は、ぐっと手を握り込んで、キョロキョロと周囲へ視線を走らせる。男性教師の連ねる言葉が、新天地への期待に心躍る少女の耳を素通りしているのは明らかだ。

「この手続きで最後だから」

 教師が苦笑しながら真新しいタブレット端末を取り出せば、少女の口からは「にゅおぉ」と感嘆の声が漏れ出る。

「これが、君専用のパートナーAIになるから、大切に扱うんだぞ」

「ぱーとなぁ……えー・あい」

 うっとりと教師の言葉を繰り返し、やや鼻息を荒くした彼女の頬が、朱に染まってゆく。
 長年の想い人にでも出逢えたみたいな大袈裟な反応に、正面に立つ男性教師は微苦笑を浮かべるしかない。

 教師がタブレットの設定画面を向ければ、少女は慣れない手付きでそっと入力をした。


『 名前 惣賀(そうが) 天麗(あめり) 』

『 パスワード ******** 』



『 ログイン 』