一色 恵利花は、困惑の表情を隠しもせずに三浦の対面の席に腰を下ろしていた。
「亜美が、そう言ったんですか? 私と亜美が揉めてるって」
「いや。一色さんとって言うより、ピアノに君を推薦したことで惣賀さんとギスギスしてるって」
「そう、なんですか」
顰めた眉はそのままに、どこか力なく垂れ下がって見えるツインテールを揺らして、恵利花は思案の姿勢をつくる。
三浦が恵利花に尋ねたのは、誰かから迷惑を掛けられていないかと云う曖昧なものだった。頑なに「困ったことは無い」と繰り返すばかりの彼女に、三浦が先の亜美との聞き取りで、音楽の授業の顛末を聞いたと伝えたのだ。
「それでもやっぱり、問題は無いとしか言えません。私は私の出来ることを頑張るだけだし、AIも私になら出来るって言って、その話はまとまりましたから」
「無理はしていないんだな?」
「先生? そんな事を言うと、学生の私たちって学校に来て勉強すること自体が無理をしていることになっちゃいますよ。先生こそ気にし過ぎです。目の下に大きな熊さんが居座ってます」
クスリと笑う恵利花に、三浦は返す言葉もなく、苦笑を浮かべるしかない。
「それに惣賀さんだって。あの子と関わったのはまだまだちょっぴりですけど、何て言うか……私の名前を使って手の込んだ嫌がらせをするキャラじゃないと思うんです」
「うん。オレもそう思う。惣賀さんは真っすぐに突撃するタイプだ。偽証を仕込んで周囲を巻き込んだ貶めをする。そんな今回の回りくどい方法はやらない。って言うか出来ないだろうな」
好奇心のまま突き進み、薮の傍から離れずに授業もお構いなしに二人の世界を作り出していた天麗だ。教師の目を盗んで、とか、周囲に注意を向けさせて、とか……小手先の誤魔化しは一切採ることはない。清々しいほど欲望に忠実。だからこそ、執着相手である薮とは物理的に引き離すしかなかったのだ。
「一色さん。困ったことがあったら、ちゃんとオレとか、他の先生とか、友達とか、親とか……必ず誰かを頼るんだぞ」
「あったら、そうします。私は大丈夫ですから」
強がるような言葉ではあったけれど、一色 恵利花の瞳には強い意思の力が漲っていた。
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相談室では、三浦による話し合い時間の長さで生徒間の犯人探しに誤った憶測が流れないよう、徹底した時間管理が行われている。
ピピピッ
三浦の腕で、スマートウォッチがアラームを鳴らす。
「あぁ、時間だな。来生さん、有難う。戻って次の黒川さんに声をかけてくれないか」
来生 稜斗からの聞き取り時間が終了を告げ、三浦が柔らかな口調で退出を促す。
だが、そそくさと出て行く生徒が殆どなのに対し、彼はすぐには動き出そうとはしなかった。俯き加減に口をモゴモゴさせ、何度か膝の上で手を握りしめた後、勢い良く三浦を仰ぎ見る。
「……あの、先生。亜美は何て?」
「ああ、来生さんと碇は、仲が良いからな。立場上、オレから聞き取り内容の詳しい話は出来ないんだ。けど、とてもショックを受けていたよ。
教室に戻ったら、声を掛けてやって欲しい。先生のオレには、やっぱり壁が在るっていうか。うん。多分、友達との方が気持ちが落ち着くと思うから」
三浦の言葉に稜斗は小さく「はい」と答える。
けれどその声は、微かで力無いものだった。
