ピロン

 着信音が響く。
 自室のベッドの上に転がり、Switehのオンラインゲームに興じていた天麗(あめり)は、ヒュッと息を飲んで跳ね起きた。

「ま、まさかっ! (いかり)さんからの連絡っ? もしかしなくとも学園での怒りが収まらず、場外乱闘要請でしょうか!? ふわわわわっっ、どうしましょうっ」 

 プルプルと震える指先を、枕元のスマホに伸ばす。

「あれ?」

 スマホは黙して、画面は黒いまま。着信を知らせる小さな光も点ってはいない。当然の様に加入させられたクラスLIINEが、初仕事をしたのかと思った天麗(あめり)だが、どうやら違ったらしい。

 とするならこちらかと、枕を挟んで反対側に置いた学園タブレットの画面を開く。すると、こちらが正解だったらしく学園生専用連絡アプリに、メッセージ受信マークが付いている。

「よかったぁぁあ。電話じゃなかった」

 思わず安堵の声を上げたそのココロは——音声だと必要以上に細かなニュアンスまで相手に伝わり、誤解曲解が生まれる。けれど文章ならば曖昧模糊に誤魔化せるし、最悪見落としたって言えば良い。
 リアルでの人との関わりは、苦手なのだ。

 それでもソロリと息を潜めてタブレットを覗けば、画像が添付されている。

「え?」

 裏返った声が出た。目に飛び込んできたモノが、予想外過ぎて。

 トーク画面のスクショだ。

 ――――――――――

『一色 恵利花さんの経歴と習熟度を鑑みて、今回2年1組の課題曲となった 地球の鼓動 のピアノ伴奏は完璧に弾き(こな)せると判断しました』

「なんで? 恵利花には、弾けない曲で失敗して、もっと混乱して憔悴して、墓穴を掘ってもらわないといけないの」
「それでまた、アタシが慰めるのよ」

 ――――――――――

「一色 恵利花は、自分の不出来で苛立って、心配する親友のアタシにまで癇癪を起こして拒絶するワガママ。教室でのアタシたちのやり取りで、みんなはそう判断してる」 
「けど、今日のピアノ決めの時、恵利花に同情する声が聞こえたわ」
「おかしいよね?」
「上手くいってたんだよ、ワガママな恵利花と、優しいアタシ」

 ――――――――――

 学園タブレットに搭載されたパーソナルAIとの対話アプリ。そこで行われた誰かとAIとのトーク画面。
 一色 恵利花を貶める意図が透けて見える、不穏な言葉が続く。
 誰の発言かは表示されていない。
 送信者は如何に操作したのか明記されず、送信先を確認すれば、2年1組の生徒全員への一斉送信となっている。

「コレって、まずいモノよね。わたしでも分かるくらいだから、送られてるクラスの皆も、誰の発言か気付いちゃうよね?」

 発言者は(いかり) 亜美。彼女で間違いないはずだ。
 けれど、本人がこんなものを流すわけはない。一体誰が、機密性の高いパーソナルAI搭載タブレットの対話画面をスクショ出来たのか。

「有り得るとすれば……」

 再び視線をゲーム画面に向けつつも、頭の中ではクラスメイトの顔を次々に思い浮かべて可能性を絞って行く。 亜美がトークアプリを開いたまま席を外すほど、無防備になれる相手か、あるいは彼女のデータを無断で読み取れる知能犯かの二択。そこから導かれる結論は――

「カレピか、薮りんの仕業!?」

 ピロリン

「うにゃ!??」

 再び、天麗(あめり)の手にしたタブレットに、メッセージ受信を知らせる音が鳴った。画面を見れば、先程の画像は担任・三浦の「不適切なイタズラ画像は削除します」との怒りのメッセージに姿を変えている。

「おぉ、さすが教室の笑顔を守るユル教師ミュウーラ。仕事が早い」

 生徒へのアツい想いを抱えつつも、時間外労働に萎びた姿のミュウーラ。深夜のメッセージにも迅速に反応するとは、彼の情熱を侮っていたかもしれない。

「ホンモノの熱血教師か、生粋の苦労人か。どっちなんでしょうねぇ。想像の上を行ってくれるミュウーラ。ふむふむ、明日の学校が楽しみになって来ちゃいました」

 にゅふふ、と笑いながらタブレットを閉じる。天麗(あめり)の中ではすっかり他人事で、三浦による騒動収束の健闘をのんびり傍観するつもりでいた。のだが。



 朝のホームルームは時間が延長され、三浦による、天麗(あめり)をもしっかりと含んだ2年1組生徒個々への聞き取りが行われたのだった。