音楽での遣り取り以来、亜美とはどこかギスギスしている。
彼女の一色 恵利花に対する行いは、天麗にとってどうにも釈然としない――悪意すら感じるモノだった。
陰湿さすら覚える亜美のやり口が、運動誘発性アレルギーを持つ自分に面白半分にアレルゲン物質を隠した物を食べさせて、嵌めようとした人間(天麗曰くの「嫌いサン」だ)と重なって見えて、黙っていられなかったのだ。
だから音楽の授業後の昼食では、隣の席の亜美からは無視されてしまったため、編入早々ぼっち飯を摂るのかと涙を堪えようとしていたのだが。
「一緒に、食べよ?」
言いながら、ツインテール女子が給食トレーを手に近付いて来た。昨日から、睨まれる以外接点のない恵利花だ。弾む会話など有りはしない。
背中に亜美と稜斗からの視線を感じつつ、二人向き合って黙々と食事をした。先に食べ終わった恵利花は席を立つこともなく、モタモタと食事を摂る天麗が箸を置いて、両手を合わせるまで静かに待っていてくれた。さり気ない心遣いは、どこか面映ゆくも嬉しいものだ。
「昼休憩は、私、自習室に行くんだけど。惣賀さんはどうする?」
自分のタブレットを持った恵利花が、チラリと亜美に警戒する視線を送りながら声を掛けて来た。彼女は、AIから出された課題を進めるために休み時間を使うらしい。他の生徒らで、休憩を取れないほど課題に追われている様子の者は見当たらない。首を傾げる天麗だが、目の前の不器用なおとなし女子・一色 恵利花は頑なにAIの言うことを信じていて「手を抜く」「サボる」などの選択肢は端から無いらしい。
「わたしは気になることがあるから、教室にのこります」
告げつつ、気になる齧歯系男子に視線が吸い寄せられるのに抗えないでいると、恵利花もその先の人物に気付いてウフフと微笑む。「いいなぁ、惣賀さんはハッキリと意見を言えて」ぽつりと呟き、じゃあまた、と教室を後にした。
けれど、天麗だって常に何事にもグイグイ行ける訳じゃあない。
命に係わるアレルギーを持つからこそ、ハッキリさせるべきことを放置しない姿勢が身に付いただけで、常に意見を主張できる強気キャラではないのだ。
そして迂闊に運動が出来ないからこそ、辿り着いた趣味がコンピュータプログラムを主軸に展開発展した、ゲームやAIの世界だったのだ。それら好きな物に強い執着、愛着、好意を主張出来るのも、やはり彼女の体質が影響を与えている。
とは言え、生身男子に耐性の無い思春期女子だ。
(うう……薮りんの眠り姫は、見付かったんでしょうか!? 気になるっ……! 気になりますっ。けど、この距離はどう詰めたら良いんでしょう? お隣さんだったときは、スッと近寄れましたけど、声を掛けるべきでしょうか!?)
「惣賀さん。ウロウロして、何やってるの?」
聞き慣れた声にハッと顔を向ければ、真横を行き来していた天麗を、薮 孝志郎が胡乱な視線で見上げていた。
「はっ!? 薮りんっっ。いつのまにわたしを引き寄せたんですかっ!?」
「引き寄せてないし。勝手に目の前でうろうろし始めたのは惣賀さんだよ」
呆れ返った視線を向けられて、途端に恥ずかしくなる天麗だ。赤面しつつ「うにゃぁぁ、無意識の欲求が駄々洩れたぁ」などと呟くから、薮にも照れが伝播してしまう。
「と、とにかく! さっき惣賀さんも気付いたみたいだけどっ。見付けたんだ!」
アワアワしながらも、恥ずかしさに飲まれる前に感動を共有したい思いが上回ったらしい。薮が、自身のタブレットをくるりと回転させて天麗に向ける。
「ただ……なんて言うんだろう。厳重に隠されてたから、どんな秘めた美女かと思ったんだけど。見てこれ」
文字の羅列を見せられるが、天麗にプログラム言語は理解できない。
「うーん。わたしには、普通の文字列に見えます、ねぇ」
目を瞬かせて素直に自己申告すれば、薮は大きく頷いた。
「そう。何の変哲もない、普通で、休止中の、パートナーAIにしか見えないんだ」
