上部フィルターから落ちる水と、水作エイトが吐き出す空気によって出来る微かな流れに、水草の葉が揺れる。礼の水槽は、ここに立ち上げを終えた。

「遂にやったね、礼ちゃん」

「うん!唯ちゃん、須磨先輩、ありがとうございました!!」

 深々と頭を下げる礼。

「おう、俺様と唯が教えてやったんだ、いい水槽に仕上がったじゃねえか。ダメにしたらタダじゃおかねえぞ!?」
 寅之介は口調こそ荒っぽかったが、礼との間にいつの間にか築かれた師弟のような関係を満更でもないと思った。

「寅ちゃんも、光ちゃんと志麻ちゃんに厳しく叩き込まれてたもんねぇ」

「おう、特に姐さんの方が怖かったぜ」

「ちょっと、変な風に言わないで。礼ちゃんが怖がってるじゃないの!」

 志麻の声に礼が振り返ると、光青、さくらもそこに並んでいた。

「礼くん、初の水槽立ち上げお疲れ様!……と言いたいところだが、その水槽はまだ完成ではない!何か足りないと思わんかね?」

 光青に問われ、礼は水槽内を見る。そして……
「あ、お魚!!」

「その通り!……さくらくん、例のヤツを」

「は~い。礼ちゃん、これはウチらからのプレゼント」

 さくらが水の入ったプラケース─よくカブトムシ等を飼育する、青や緑の蓋が付いたアレだ。を礼に手渡す。その中を泳ぐ3匹の魚。

「あ、アカヒレ!しかもこのヒレが長いのは私が家に持って帰った子ですよね!?」

 プラケースの中を泳ぐ3匹の魚は、それぞれノーマル、ゴールデン、ロングフィンとタイプの違うアカヒレだった。

「その水槽の、最初の住人だ。迎えてあげたまえ」

「はいっ!」

「ちょっと待ちなさい!入れる前に、ちゃんと水合わせをしなきゃダメよ」

 と、プラケースの中身をいきなり水槽に注ごうとした礼を志麻が止める。

「みずあわせ?」

「礼ちゃん、今の格好のまま、いきなり寒い部屋や暑い部屋、空気の悪い部屋に放り込まれたら嫌やんね?魚にとって泳ぐ水は、ウチらにとっての大気みたいなもんやけん、温度や水質にちょっとずつ慣れさせていかないけんのよ。それが水合わせ」

 と、さくらに言われ礼は慌ててプラケースを元の位置に。

「そっかぁ。ごめんねアカヒレちゃん達」

「アカヒレはパイロットフィッシュに使われるくらい水質の変化に強いけど、水合わせはするに越した事はねえな」

「パイロットフィッシュ?」

「注水の時に説明した、新しく立ち上げた水槽は1週間フィルター回して放っておくってのがあったよね?その期間中に入れてバクテリアの繁殖に栄養を提供する魚のこと。水道水に近い水質でも耐えられるアカヒレやラスボラみたいなコイの仲間なんかがよく使われるんだよ」

「へえ~、アカヒレってすごい魚なんだね!」

「じゃあ水合わせの手順を教えるか。まずそのプラケをそのまま水槽の水に浮かべろ」

「こうですか?」

 礼は寅之介の指示通り、プラケースごとアカヒレ達を水面に浮かべた。

「そして30分くらい待つ!」

「30分!?」

「水温を水槽の水に合わせるんだ。それが終わったら水槽の水とプラケースの水を少しず つ入れ替えていく。んで、魚が水槽の水に適応したら水槽に放つぞ」

「待っとる間、休憩も兼ねてお菓子でも食べよか?」

 さくらが指差すと、部室の机には菓子やジュースが並べられていた。

「ところで礼ちゃん、アカヒレ以外には何か飼いたい魚は決まってるの?」

「はい。この『コリドラス』と、あとグッピーも気になってます」

 志麻に問われ、礼は広げたアクアライヴスのページを指さす。

「ほほう、コリは種類が、グッピーは品種が沢山あって選び甲斐があるぞぅ」

「なあ赤比、小型魚に飽きたら怪魚はどうだ?オスカーやポリプのセネガルス、レインボースネークヘッドなら60センチ水槽でも飼えるぞ?」

 部員達が談笑する様子を、水合わせ中のアカヒレ達は水槽から見守る。

「じゃあ礼ちゃん、次はショップに行こうか!」