「んじゃ、次は注水だな。本来ならカルキ抜きした水道水を注いで魚も入れずに一週間、フィルターを回し続ける!」

「一週間も!?」

「バクテリアを増やすんだよ。新しい水や濾材には殆どいないからね」

「それでも一週間は長いよ〜」

「案ずるな。幸いココには既にバクテリアが繁殖済みの水が腐るほどあるだろ?」

 と、寅之介は部員達の水槽を指さす。

「既に魚を飼ってる水槽の水を使えば、水作りの手間を省く事が出来るんだよ。これを『種水《たねみず》』って言うんだけどね」

と、唯。

「そんな事が出来るんだね!ところで、どの水槽から水を移すんです?」

「そうだなー……姐さんのはCO2添加してるし、サクの水槽はそもそも水の量が少ねえな」

「僕のは朝に4分の一も水を替えたからダメだからね?」

 と、光青が外から釘を刺す。

「となると、俺の水槽からか……」

「いいじゃん、寅ちゃんのは水の量だって多いし」

「お水って、どうやって移すんですか?」

 礼の質問に対し、寅之介は電動ポンプとホースを取り出した。

「こいつで水槽から水を汲み上げて、ホースで注ぐのさ。このスイッチを押したらポンプが動くが、その前にホースの出口がオマエの水槽にしっかり入ってるか確認しとけ」

「下手したら水槽の水が部屋中にこぼれちゃうから気を付けてね?」

 二人の助言通り礼はホースの吐出口を確認する。

「あ、待って礼ちゃん。コレ使って」

 と、唯は陶器の小さな皿とシリコン製の吸盤を差し出す。

「何これ?」
 
「このキスゴム(吸盤)はホースを固定するやつ。ここの輪っかになってるところにホースを通して、吸盤でガラス面に固定。んで、ホースの先にこの小皿を置いて水を受け止めるの」

 唯が底砂の上に置いたのは寿司や刺身を食べる時に醤油を入れる小皿だった。

「水の勢いで底砂が舞い上がったりしないようにする工夫だな。そうしないと底砂がクレーターみたいになっちまうぞ」

 寅之介は長年ベアタンク飼育をしてきた為、その工夫を忘れていたようだ。

「よし、じゃあ次はポンプを俺の水槽に沈めてみろ」

「……水槽に手を突っ込むんですか!?」

「ホースを持ってゆっくり伸ばすようにして沈めれば水に手を入れなくていいだろ」

「なるほど……」

「あ、そのフラワートーマンって魚はジャンプして噛んでくるかもしれないから気を付けてね」

「ひえぇっ!!」

 唯の言うフラワートーマンとは、別名をオセレイトスネークヘッドというライギョの仲間である。スネークヘッドやアロワナといった魚は水面から上へ跳ねて水上の枝にいる虫や小動物を捕食する習性があるため、飼育者が指を噛まれることは珍しくない。