「――娼妓たちは、自由廃業の届けを出した。はれて自由の身となった彼女たちは郷に帰ったり、または別の職を見つけたりとそれぞれ寮から巣立っていった。

 さて、小花である。彼女もまた自由廃業の届けを出し、受理された。学友の実家で世話になりながら、黒田が卒業するのを待つという。

 ひとつ大きな問題は片付いたが、まだまだ片付けなければならないことはある。いずれ所帯を持つであろう二人は、まだ両親から認められていない。

 今はその小休止。これからまた、大変な山が待ち構えている。

 それでもまた、我々はそれを乗り越えていくのだ。一人で難しいのならば、皆の知恵を出し合って」

 寮の部屋で、心地よい声が藤嗣の書いた文章を読み上げる。

「わざわざ口に出して読むな」

「そうした方が面白いじゃないか」

 顔を覆いたくなるほど恥ずかしかったが、千種が馬鹿にするようなことを言わないのは幸いだ。

「それに、よくできてる」

「そりゃどうも」

 千種のことだから、世辞ではないだろうけれど。

「黒田さんもサチさんも。了承してもらえて良かったな」

「ああ、助かったよ。これで姉に脅されずに済む」

 二人を前にして、どうか、と頭を下げて頼み込んだところ、快く了承してくれた。晴れて二人を題材にした物語を書けるようになったのだ。

 藤嗣は一連の出来事を忘れないよう、ひたすらに書いた。そしてつい今しがた完成したのである。

 最初の読者は次姉ではなく千種になってしまったが。

「そうだ」

 千種はなにかを思い出したように机の引き出しを開け、奥から何かを取り出した。

「返すよ」

 そう言って不意に渡されたのは一冊の帳面。久しぶりに見るそれは、藤嗣が千種のことを書き綴ったものだ。

「いいのか?」

「脅したままでいるのも可哀想だからな」

 帳面をぱらぱらと捲る。千種のことを書き綴った物語は美しい言葉を並べただけで、血肉が通っていないように感じられた。あの時は、千種の上辺だけしか見ていなかったとつくづく思う。

 ふと、ずっと抱えていた疑問が口をついて出る。

「何で俺だったんだ」

「何が」

「念友のふりだよ。俺じゃなくても良かっただろ」

 藤嗣が適任だったというが、もしこの帳面がなければ他の誰かと念友のふりをしていたのだろうか。

 千種は、ああ――と言う。少し黙り、言葉を探すような間を置いた。その後でぽつりと漏らすように答える。

「友人になりたかったんだ」

「友人……?」

「そうだよ。悪かったな、付き合わせて」

 みるみる力が抜けていく。脅すのに丁度良かったのだろうと思っていたが――もしかすると、そんな理由も後付けであるのかもしれないが――そうではなかったのか。

「なんだ、初めからそう言えよ」

 取引をしろだの、念友になれだの。どうしてそんな面倒なことに持っていったのか。返ってきたのは不満げな答えだった。

「断られたら嫌じゃないか」

「そんなことするか」

 気持ちがすれ違っていたことへの寂しさはなかった。他人同士、思い違いはいくらだってある。

「これまでも脅して友人を作ってきたのか?」

「したことはないよ」

「だろう?」

 そんなことをして作るなど、友人ではない。そう思っての発言だったのだが。続いた千種の言葉は予想外だった。

「友人なんて、いなかった」

「これまで? 一度も?」

「ああ」

「……」

 つまり、作り方が分からなかった、と――そういうことなのか。不器用な千種の、精一杯の努力だったのかもしれない。

 無茶苦茶だが、千種らしくて思わず笑ってしまう。

「何がおかしいんだ」

「そんなことしなくても、とうの昔に伊織は俺の友人だよ」

 すると、千種は目を丸くして、そして初めて見る喜びいっぱいの笑顔を向けた。