学校内では『アムル』を使うのは禁止である。

 高校生になったらそれを使った授業も選択をすればあるようだけど、中学校では人工知能に知恵を借りて勉強をすることは許されてはいなかった。

 こっそり使っている人たちも知っているけど、先生たちにばれたら最後、没収されてそれから先はどうなったか聞いたことがない。

 学校に着くなり、校門の前に立っている風紀委員や先生の前で『アムル』の電源は切ってあることを確認してもらい、いつもの通り校門をくぐる。

 どうせわたしはアキちゃんを置いてきているから、そのように申告して、前に進む。

「今日は、わたしも持ってません」

 わたしに続いてそう告げた星来に、え?と驚く。

 星来は特に『アムル』を必要としていて、学校が終わってすぐライラちゃんを起動するのが日課だったからだ。

 確かに、そこで初めて星来がいつも身につけているライラちゃんのキーホルダーがつけられていないことに気付く。

 わたしが昨日言ってしまったことに反省をして、置いてきたのかもしれない。

 余計なことを言っちゃったな……などと再び申し訳なく思いながらも、星来が先生たちに改めて説明しているのを黙って眺めていた。

「へぇ、珍しい。星来がひかかってるじゃん」

 先生たちのところで申請されていないからか、はたまた普段にはないことだから説明を求められているのか足止めを食らっている星来を見て、通りかかった野球部集団が声を上げた。

 朝練をしているのだろう。

 ユニフォームを着た彼らはどうやらわざわざここで足を止めたようだ。

 さすがは人気者の星来である。

 なにかあると、こうして周りの人の視線を一気に浴びる。

「ライラちゃんを連れてきていないから、説明が必要なんだと思う」

 先頭でにやっと笑って星来を見つめている須藤久志《すどうひさし》の姿が見えたため、ついつい言ってしまった。

「へぇ、ライラちゃんを連れてきていないんだ」

 人気者ほど『アムル』の存在を重宝しているし、星来も何かあればライラちゃんと話しているのは周知の事実である。

 さらにはその姿さえもかわいいと言われていた。

 ライラちゃんもライラちゃんで受け答えがとってもかわいい。

 『星来、星来ぁ〜!』なんて言っちゃって、間違っても聞いた言葉に対して、『知ったこっちゃないわ』なんて言わない。

 視線を星来から外すことのない他の野球部と違って、久志だけはこちらに視線を向け、楽しそう……というかいささかバカにするような口調で続けた。

「ライラいなかったら松岡と会話できないじゃん」

「何いってんの? そんなわけないじゃない」

 おかげさまで、他人事なのに自分のことのようにムキになってしまう。

 最近、久志を前にするといつもこうだ。

 いつもこうだし、攻撃的になってしまう。

 久志も久志で、最近わたしに対してどこかトゲがあるように感じられるし、今日だって、例外ではない。

「松岡くんは、久志と違って会話も知的だから、ちょっと返答に困ってしまうこともあるんだよ」

「へぇ〜」

 久志も星来と同じく、小学校からの付き合いで、気心知れた中である。

 久志も星来を目で追っていることを知っていながら、わたしはわたしで今日も嫌なことを言ってしまった。

 我ながら、わたしこそ常日頃から『アムル』という存在が必要なんじゃないかって自覚と罪悪感はあるけれど、後から反省をしてももう遅い。

 いや、うちのアキちゃんだったら『言いたいことははっきり言えばいいんだよ~』『ばぁか、ばぁ〜か!』なぁんて言うだろう。

 いやいやいや、これがわたしの言いたいことだったわけじゃない。

「何もないはると違って、疑われることが多いと大変だな」

「ちょっと、どういうことよ!」

 わたしの言葉に対して本当はどう思ったかわからないけど、けらけら笑った久志に言い返そうとしたとき、野球部キャプテンである森畑くんが号令をかけたため、久志を含めて立ち止まっていた野球部全員が表情を改め、他の野球部たちの待つグランドに向かって駆けていった。

 わたしだって大概ひどいことを言った自覚はあるけど、あちらだって結構悪い。

 なんとも言い表せないもやもやとした気持ちを抱え、おまたせ~とわたしのもとへ駆けてきた星来に向かって、大丈夫だよと伝えたのだった。

 本当はかなり動揺していて全然大丈夫じゃないけど、星来に心配をかけないようにとわたしの中のわたしである『アムル』はそう告げている。

「ん? なになに? 朝から痴話げんかですか~?」

「……そんなんじゃありません」

 どう見たらそう見えるのだろうか。

 がっかりしてため息すらつきたくなるのをぐっとこらえる。

 さっき、人に向ける言葉には気を付けようと決めたばかりではないか。

 思った矢先にこの調子じゃ、本当に会話をするだけにも『アムル』を必要としているのはわたしなのだと、なんだか心がずしっと重くなった気がした。

「あ! 松岡くんだ!」

 そう言うなり、いつもよりもさらにかわいいしぐさで手を振り、松岡くんに話しかける星来の様子にますます自己嫌悪したくなった。