「うわっ、なにこれ……バッドエンド?」

 書き上げたばかりの原稿用紙を片手に、幼なじみの千代子《ちよこ》がひどく複雑そうな顔を見せる。

 その様子を見ながら、俺は手の縁についた鉛筆の汚れを拭う。

「どう? もう少し書き足したいことはあるんだけど、電子機器が進化した世界をテーマにしたコンテストに応募したいと思ってるんだ」

「こ、こんな結末でいいわけ?」

「いいわけ……とは?」

「これじゃあ全然未来に夢も希望が感じられないじゃない。こういうのって、ハッピーエンドじゃなくていいの? ロボットたちと、共存する……とか」

 ロボットって……。

 苦笑しながらもグラスに入った麦茶を飲み干す。氷がカランと音を立てる。

「人間の知恵を頼りに賢くなったロボットたちも、いつしか人間のように優劣をつけたり、支配したいと思う気持ちが芽生えるとは思わない?」

「それだったら、本当に怖い……」

 どうやらお気に召さなかったみたいだ。

 しかも夢も希望もないと散々である。

 これらの内容は結構先の未来を想像して書いたつもりだった。

 電子機器が栄えた先の未来を考えたとき、そんな姿しか想像できなかったのが正直なところだ。

 もっといろいろ、あれやこれやと考えたのは事実だけど限界はあった。

「いや、明るくしたかったんだけど、今の俺の技量ではここから前向きとか明るい展開に切り替えるのはなかなか無理そうだったから」

「な、なにそれ……」

 想像の世界でしかないにしろ、いろいろと伝えたいメッセージは込めたつもりだ。

「不気味だし、怖い。それに、誤字が多い」

「えーっ、最後の一言、余計じゃない?」

 誤字はこのあと直すつもりだし。

「しかも、人を勝手に登場させたと思ったら、おじいちゃん役って、どういうこと? 秋人《あきと》だけ最後の最後においしいとこを持ってく役だなんて……」

 苦言を加えながらも、千代子の目は原稿から離れない。そして、

「本当に、秋人はこんな世の中が来ると思ってる?」

 ぽつりと、不安そうに漏らした。

「創作だよ。俺の考えた」

「……そ、そうだよね」

「でも、人類の研究が進んだら、こんな未来も来るかもしれないけど」

 もしもこんな未来が来たらって、ずっと考えていた。

 ただでさえ、おばあちゃんが良く話してくれた過去の時代よりも今の世界はどんどん新しいことが発展し、進化を遂げている。

 それならばもっと、もっともっと俺たちにもわからない未来が来るんじゃないかって……そう思ったんだ。

 そして、人はいつも最悪の状態を想定する。

 人でなく、機械が人を支配する時代が来たら、とんでもないことになってしまうだろう。混乱どころでは収まらないはずだ。

 ここにも書いた通り、きっとすぐに人の感情なんて乗っ取られてしまうだろう。

 人はもろく、とても弱い生き物なのだから。

「それって、なんだかやっぱりこわい。人間が必要じゃなくなる世の中がくるってことでしょ。作中にもあったけど、感情のないものたちだけが取り残される時代だなんて……信じられない」

「そうそう。人の形をした機械がどんどん意思を持って自分たちを作り上げていって、人間と同じように暮らしていく……」

「や、やだ……なにそれ! よくそんな展開、思いつくわね……」

 そんな世の中、絶対に嫌だ……と千代子は怯えた表情を見せる。

「秋人の言う通りだとは思うけど、でもやっぱりわたしは、未来にはもっと明るい夢を見たい」

 たしかに。

 叶うものなら俺も未来は明るいものであって欲しい。

 いつまでも降り続く雨のせいで、どうやら気持ちが落ち込んでいたのかもしれない。

「大丈夫」

 怖がらせてしまったようなので、ほんの少し申し訳なくなってきて、安心させようと付け加える。

「この物語では、作り手の俺が絶対だからロボットが登場しようが、恐竜が現れようが書き手がすべてだから、どんな事件が起こったって問題はないよ」

 この世界の中では書き手は絶対なのだ。

 どんな結末にだって変えられる。

「機械にだって負けはしないよ」

「……だけど、やっぱり怖い」

 いつもそこまで反応することのない千代子があまりにも怖がるため、物語としては成功なのではないなと、ほんの少し嬉しくなった。

「だって、この作品を見てたら、わたしたちでさえ誰かに操られているんじゃないかって思えるんだもん」

 そう。

 不安そうに告げられた、その言葉を聞くまでは。

「千代子こそ、考えすぎだよ」

 それでも、作品を読んでもらって考えさせられたのなら俺の勝ちだ。

 千代子の言っていることを深く理解するわけでもなく、俺は口角を上げたのだった。

                  完