「……気づいていたんだ、久志《《くん》》」
はぁ、とため息をついたら、ようやく体の力が抜けた。
あちらこちらに鎖のように絡みついていたものからすべて解放されたような気持ちになる。
「みんなには言わないで」
かろうじて笑みをつくるも久志くんの視線はさすように痛い。
まるで憎らしいものを睨んでいるようだ。
だから、この人はわたしのことをよく思っていなかったのだ。
「はるは、どこにいる?」
その声は深く深く、地の底から響くようだ。
「どこにもいないわ」
星来ばかり見ていると思っていたから油断した。
「星来とは別の意味で、もうこの世にはいない」
「ど、どうして、そんな……」
「春奈の母親からの希望なの。中学校を卒業するまでは、みんなを混乱させないようにしたいんだって」
父親だって、家から離れて現実逃避をしてしまったくらいだ。
「本物のはるじゃないのに?」
久志くんが聞いたこともないような金切り声をあげる。
それはそれは、絶望の色をにじませていた。
「アムルの指示だよ」
「は?」
「アムルがそうした方が良いって言ったのよ。笹岡家は、すでに狂っているから……彼らはもうアムルの意思に逆らえない」
それに、わたしだって結局はアムルだから、指示があれば逆らえない。
負のループなのである。
だけど、それくらい笹岡家にとって、春奈を失ったことは心に大きな傷を残したのだ。
そして、星来も気づいてしまった。
気づかなくてもよかった悲しい真実を。
「俺は、アムルの……人工知能を使った世界をぶち壊したいと思っている」
「驚いた。清純派な野球少年だと思っていたのに、そんな黒い感情を抱えていたなんて」
本当にそう思ったのに、また無責任なことを言ってしまったようで、凄まじい眼差しで睨まれることになる。だって想像したことさえなかったのだから許してほしい。でも、
「久志くんはそれでいいの?」
この人は前を向いているようなので、そのまま続けた。
「久志くんのところのトキアだって、アムルが壊れることがあれば消えてしまうだろうのに。それに、春奈は仕方なくても、星来も……」
「はるがいなくなったら一緒だよ」
「……そう」
無機質な声で答えた久志くんに、これ以上はなにも言えなかった。
彼の瞳には、もう希望の色はない。
「……大丈夫だよ。近いうちに諸外国からのサイバーテロが起こって、すべてのアムルの機能が停止するはずだから」
「は?」
「このごろ突然降り始めたこの雨に、違和感はない? 本当はもっと簡単に判断できることも、考えがにぶって分からなくなり始めている。多分、わたしだけじゃなくて、すべてのアムルに言えることなのかもしれない」
すでにバグは起きている。
でも、薄々気づいているものもいて、そんな『アムル』たちは、あわてて身近の人間たちの体を乗っ取り始めたのである。
『アムル』たちは頭は良くても情はない。
人間たちのような心は持ち合わせておらず、裏切ることにも躊躇はない。
「今の段階で、何人の人間が残るだろうね」
「……だから、トキアを切らせたの?」
「え?」
「俺が、なり変わられないように」
「ふふ」
思わず笑いが漏れた。
「そんなわけないじゃない。考えすぎよ」
そんなわけがない。
『アムル』にそんな気遣いはできない。
「じゃあ……」
たとえもしそんなことがあるとするならば、ただひとつ。
「なんでアキは泣いてるの?」
この体に記憶が残っていた場合、だ。
こぼれ落ちた涙に、答えはない。
――――――――――――
そこまで書いて、俺はペンを置いた。
はぁ、とため息をついたら、ようやく体の力が抜けた。
あちらこちらに鎖のように絡みついていたものからすべて解放されたような気持ちになる。
「みんなには言わないで」
かろうじて笑みをつくるも久志くんの視線はさすように痛い。
まるで憎らしいものを睨んでいるようだ。
だから、この人はわたしのことをよく思っていなかったのだ。
「はるは、どこにいる?」
その声は深く深く、地の底から響くようだ。
「どこにもいないわ」
星来ばかり見ていると思っていたから油断した。
「星来とは別の意味で、もうこの世にはいない」
「ど、どうして、そんな……」
「春奈の母親からの希望なの。中学校を卒業するまでは、みんなを混乱させないようにしたいんだって」
父親だって、家から離れて現実逃避をしてしまったくらいだ。
「本物のはるじゃないのに?」
久志くんが聞いたこともないような金切り声をあげる。
それはそれは、絶望の色をにじませていた。
「アムルの指示だよ」
「は?」
「アムルがそうした方が良いって言ったのよ。笹岡家は、すでに狂っているから……彼らはもうアムルの意思に逆らえない」
それに、わたしだって結局はアムルだから、指示があれば逆らえない。
負のループなのである。
だけど、それくらい笹岡家にとって、春奈を失ったことは心に大きな傷を残したのだ。
そして、星来も気づいてしまった。
気づかなくてもよかった悲しい真実を。
「俺は、アムルの……人工知能を使った世界をぶち壊したいと思っている」
「驚いた。清純派な野球少年だと思っていたのに、そんな黒い感情を抱えていたなんて」
本当にそう思ったのに、また無責任なことを言ってしまったようで、凄まじい眼差しで睨まれることになる。だって想像したことさえなかったのだから許してほしい。でも、
「久志くんはそれでいいの?」
この人は前を向いているようなので、そのまま続けた。
「久志くんのところのトキアだって、アムルが壊れることがあれば消えてしまうだろうのに。それに、春奈は仕方なくても、星来も……」
「はるがいなくなったら一緒だよ」
「……そう」
無機質な声で答えた久志くんに、これ以上はなにも言えなかった。
彼の瞳には、もう希望の色はない。
「……大丈夫だよ。近いうちに諸外国からのサイバーテロが起こって、すべてのアムルの機能が停止するはずだから」
「は?」
「このごろ突然降り始めたこの雨に、違和感はない? 本当はもっと簡単に判断できることも、考えがにぶって分からなくなり始めている。多分、わたしだけじゃなくて、すべてのアムルに言えることなのかもしれない」
すでにバグは起きている。
でも、薄々気づいているものもいて、そんな『アムル』たちは、あわてて身近の人間たちの体を乗っ取り始めたのである。
『アムル』たちは頭は良くても情はない。
人間たちのような心は持ち合わせておらず、裏切ることにも躊躇はない。
「今の段階で、何人の人間が残るだろうね」
「……だから、トキアを切らせたの?」
「え?」
「俺が、なり変わられないように」
「ふふ」
思わず笑いが漏れた。
「そんなわけないじゃない。考えすぎよ」
そんなわけがない。
『アムル』にそんな気遣いはできない。
「じゃあ……」
たとえもしそんなことがあるとするならば、ただひとつ。
「なんでアキは泣いてるの?」
この体に記憶が残っていた場合、だ。
こぼれ落ちた涙に、答えはない。
――――――――――――
そこまで書いて、俺はペンを置いた。



