「はる!」

「……えっ」

 突然腕をつかまれ、はっとする。

 灰色だった世界が中心部分から少しずつ色を取り戻していく。

「どうしたんだよ、傘は?」

「……ひ、久志」

 きつく掴まれた腕の感触と久志の大きな声にわたしがわたしを取り戻す。

 部活帰りなのだろうか。体操着のまま、真っ黒な大きな傘をわたしにかざし、心配そうな久志がこちらを見ていた。

 ここはどこなのだろうかと見渡して、久志の家の近くだということに気がつく。

「はる?」

「ひさ……久志! 久志、せい、星来が……」

 言いかけてから、言ってしまっていいものなのか、悩む。

 だって、久志は星来が好きなのだから。

 星来が星来じゃないなんて、このまま久志に言ってもいいのだろうか。

「星来が、どうした?」

「………」

 息が荒くなる。

 言いたくても言えない。

 でも、今は誰にも言えないことがひどく苦しくてつらくて、どうしたらいいかわからないのだ。

「……久志、アムルは?」

「えっ、いるけど。あ、ああ……トキア、ちょっとオフにしてもらえる?」

『了解』

 あまりにもわたしが切羽詰まっていたからだろう。

 久志が状況を察したように自身の『アムル』をオフにしたのがわかった。

「こっち……とにかく、入れよ」

 濡れるから、ともうすでにびしょびしょのわたしは久志に腕をひかれながら、近くのバス停まで連れて行かれる。

「これ、使ってないから」

 差し出されたタオルと久志の顔を交互に見ていたら、またじわっと涙が出てきた。

 なぜだか今日はいつもより優しくて、気持ちのコントロールできなくなった。

「……もう」

 わたしがあまりにも手に取らないため、諦めたように久志が代わりに拭いてくれる。

「ちょっ、ちょっと!」

 拭いてくれると言っても無茶苦茶で、ガシガシと動物をなでるように髪に触れるため、びっくりするほどボサボサになった。

「……じゃあ自分でやれよ」

 と、ぶっきらぼうに言いつつ、隣に座る久志は聞いてくれるつもりのようだ。

 未だ柔軟性の香りのするタオルをぎゅっと握りしめ、わたしは意を決して口を開いたのだった。

 雨は強まるばかりで、しばらく止みそうにない。

 まるでそれは、しばらく晴れることのないわたしの心のようだった。