「アキちゃん……知ってたの?」

 帰ってすぐ、おかえり〜とゆったり話すアキちゃんに、真逆のテンションで飛び込んだわたしは勢いよく聞いていた。

 日課であった手洗いうがいさえせずに飛び込んだものだから、お母さんに知れたら怒られることだろう。

 だけどわたしは、それどころではなかった。

『知ってたって、なにが?』

「ライラちゃんが、星来になってるってこと……」

 アキちゃんは何でも知っている。

 知っていて、いつも最小限のヒントしかくれない。

『なってる? ああ、星来が眠っていたこと? よくあることじゃない』

「……え?」

(よくあること?)

 思考回路が停止する。

「よくあることじゃないよっ! 星来はどうなっちゃうの?」

 急に怖くなった。

『眠ろうと決めたのは星来だもん。わたしにはわか……』

「わからなくないはずだよ。教えて、アキちゃん……星来はどうなっちゃうの?」

『大丈夫だよ』

 アキちゃんはやんわりした声を出す。

『ライラは星来の代役もできていたし、問題なく生きていけるよ』

「なっ……」

 そういう意味で大丈夫かどうかなんて聞いていない。

「アキちゃん……こわいよ……なに、言ってるの……?」

『ライラに生活の半分を譲り渡したのは星来だし、眠ることを決めたのは星来だよ。こわいもなにも、仕方がないことじゃない』

 星来が決めたことだから。

 ぞっとした。

「じゃ、じゃあ、星来は……星来とは、もう会えないっていうの?」

『どうだろう? 星来が目覚めたら会えると思うけど』

 目覚めるかわからない。

 そう言いたいのだろう。

「せ、星来が眠ってしまったら、わ、わたしのせいだ……」

 昨日、星来と言い争ってしまったのは他でもない、わたしなのだから。

「わたしの……」

『違うよ。すべては星来の……』

「もう、アキちゃんにはわからないよ!」

 そのまま部屋を飛び出し、玄関の扉を開いた。

 アキちゃんが何か言いたげだったけど、もう聞こえてはいなかった。

 アキちゃんにはわからない。

 わからないのだ。

 脳内に、星来の笑顔が浮かんだ。

(アキちゃんには……わからないんだ……)

 アキちゃんは家の外には出てこられない。

 アキちゃんは人工知能で、この世界を生きているわけではないのだから。

 アキちゃんは友達だけど……

「……っ」

 言いかけたとき、こみ上げてくる感情を抑えきれなかった。

「うっ……」

 アキちゃんは友達だけど、わたしの言葉にしか反応しない。

 たとえ、自由奔放でわたしが最も欲しい言葉はくれなくたって、わたしが話しかけない限り、返答をしてくれないのだ。

 外はまだ、雨が降っていた。

 わたしはぼんやりとした世界の中、傘もささずに歩いていた。

 どうしたらいいのか、わからない。

 いつも、アキちゃんに聞いていたから。

 アキちゃんに聞いても答えてくれない時は、お母さんや星来にきいて……お母さんや星来もまた、それぞれの『アムル』に答えを求めていた。

 結局すべて、わたしが導き出した答えじゃない。

 わたしひとりでは、何もできないんだ。

 そう思ったら、目の前から少しずつ色が消えていった。