親からの期待とかウザいだけじゃん。
だから勉強も人付きあいも適度にゆるく、楽しく。
それが私、相原愛美のモットーだ。
◇
「――今日の連絡事項は以上。ではまた明日」
教師の言葉を皮切りにして、もともとそこまで静かではなかった教室内は休日のショッピングモールのような騒がしさとなった。
私が椅子に腰かけながら帰り支度をしていると、通りすがりの生徒の鞄が私の頭にぶつかった。そこまで強くあたったわけではないのだが、反射的に「いてっ」と声が出てしまう。
「あ……相原、わりぃ」
私に鞄をぶつけたのは、クラスで一番人気者の男子生徒だ。とはいえ私はその男子生徒にまったく興味がなかったので、ちらっと顔を見返して返事をした。
「別にいーけど。ちょっとあたっただけだし」
「……そう? 本当、悪いな」
私の表情をうかがいながら大袈裟な謝罪をして、男子生徒はそそくさとその場を立ち去った。少しして教室の後ろがわからひそひそ声の会話が聞こえてくる。
「やべー。相原に鞄、ぶつけちまった」
「まじ? 怒鳴られなかった?」
「怒鳴られてはいないけどめっちゃ睨まれた」
「うわ、やば。帰り道で刺されんなよ」
「怖ぇこと言うな、馬鹿」
後半は悪意が混じっているとしか思えない会話を耳にしながら、私はチッと舌打ちをした。
怒ってねーし、睨んでねーし、刺すつもりもねーんだよ、ボケ。
私はギャルだ。髪は金髪、両耳合わせて7個のピアス、濃い目の化粧と目元にはたっぷりのつけまつげ。制服のシャツは胸元のボタンをがっつり開けているし、スカートは膝上20センチメートルの短さだ。
私の通っているしらさぎ高校は学生の染髪を禁止していないし、制服の改造にも寛容だ。それでも教師陣はもれなく私の名前を覚えているから、かなり目立つ方なんだと思う。
まぁ別にどうでもいーけど。見た目は派手だけど、社会の法に触れることはしてねーし。見張りたいなら勝手に見張っとけ。
この派手な見た目のせいで教師から目をつけられていることは知っている。口の悪さと素っ気ない態度のせいでクラスメイトから距離を置かれていることも知っている。それでも私は私なりに理由があってこの格好をしているんだからほっとけや――とまず第一に思ってしまう。
鞄に筆箱や教科書を詰めこんでいると、クラスメイトの鈴と花音が話しかけてきた。
「愛美。今日、帰りどっか寄っていかない?」
「期間限定の抹茶フレンチドーナツが今日からなんだよぉ、食べに行こ」
私は「んー」とあいまいな返事をしながら二人の顔を見上げた。
顎のラインで切りそろえた黒髪にミントグリーンのポイントカラーを入れて、きりっとした顔立ちにブラックピアスを決めているのが鈴。ピンクブラウンの髪に甘めのメイク、着崩した制服にガーリーなカーディガンをはおっているのが花音。
ガーリー&クール。一見すると対照的な容姿の二人だが、彼女たちは高校に入学した当初からずっと仲が良い。ここに学年で一番ド派手な金髪の私が加わって、しらさぎ高校3年1組のギャルグループが完成だ。
「行きたいけど金ないんだよなぁ」
私が渋い返事をすると、花音がべたりと背中に張りついてきた。
「えー、愛美つめたぁい。水くらいおごるから一緒に行こうってぇ」
「水で金とられるとかどこの高級フレンチだよ」
「……フレンチドーナツだけにぃ?」
いや……別に面白いことを言おうとしたつもりはないけど?
私と花音は顔を見合わせてふっふと笑ってしまった。すぐそばでは鈴が冷めた表情を浮かべているが、いつものことなので気にならない。派手な見た目のせいでクラスメイトから距離を置かれている私たち。でも私は、鈴と花音と一緒にいる時間が気に入っていた。
「じゃあドーナツは今度にして、教室でちょっとしゃべってこうよ。バスまで時間あるんだ」
と教室の時計を見やる鈴。
「あたし、おやつ持ってるよぉ。食べかけだけど」
と鞄からいくつかのお菓子を取り出す花音。
「そんならいーけど。金、持ってないからジュースおごってよ」
「やーだぁ、水道水でも飲んでろっつーの」
◇
時間が経つにつれて教室からは人が捌けていった。放課後の教室には私たち3人のほか、数人のクラスメイトが残っているだけだ。
「なな、愛美もこの動画、見てみなよ。今、SNSでプチバズしてる動画なんだけど」
鈴がスマホの画面を見せてきたので、私は再生ボタンが押されたばかりの動画を見つめた。30秒足らずのショート動画だった。高校生と思われる女子3人が、はやりのJ-POPにのってダンスをしている。ただそれだけの動画だ。
「……あんま上手じゃなくね?」
私が率直な感想を言うと、鈴は笑いながら「そうそう」と同意した。
「あんま上手じゃないけどプチバズってんだよね。でさ、この制服どっかで見たことない?」
「んー……? あ、ひょっとして北原高?」
「そうそう。ちょっと改造してるけど、北原高校の制服だと思うんだよね」
3人揃ってスマホの画面を覗き込んだ。高校生らしくて楽しそうなダンス動画ではあるが、やはりダンス時代はそこまで上手じゃない。そうだというのに動画の再生回数が1万回を超えているのだから驚きだ。
「……私たちもやってみない?」
鈴が唐突にそう提案したので、私は「本気か?」と笑ってしまった。しかし鈴の気持ちはわからないでもない。私たちにいわゆる『バズり欲求』はないが、近くに住んでいる高校生たちがネット世界で注目を集めていると知れば話は別。あわよくば自分たちも――と考えてしまうのは自然な感情だ。
花音がパンと手を叩いた。
「よし、そういう話ならさっそく配置を決めよぉ。まず、センターは愛美でしょ」
「何でだよ」
「こういうのは一番目立つ人が真ん中でしょお」
花音は私の頭を指さした。
確かに3人の中で誰が目立つと聞かれたら、金髪の私が一番だろうさ。でも目立つというだけでセンターを決めるのはどうよ? 一番目立つ色を真ん中に……って花輪じゃねぇんだぞ。
「いや、やんねーし。こん中で一番動けるのは鈴なんだから、鈴がセンターだろ」
「私? 別にいーけど、私がセンターで踊ったら愛美と花音の存在意義がなくなるよ」
「自信満々だなおい。その言葉、忘れんなよ?」
私は鈴に顔を近づけてわざとらしく挑発した。
ボソボソと消え入るような声に会話を遮られたのはその直後のことだった。
「――いい加減、うるさいんだけど。静かにしてくんないかな」
その棘のある言葉が私たちに向けられていることは明らかだった。息を止めて声のした方を見ると、マスクをつけた男子生徒が長い前髪の下から私たちのことを睨んでいた。
男子生徒の名前は――黒川。クラス内のどこのグループにも所属していない、地味で目立たない生徒だ。机の上には数学の教科書と問題集を開いているから、出されたばかりの課題でもこなしていたのだろうか。
「うるさくしてごめんねぇ。それ、数学の課題? けっこう時間かかりそ?」
花音が社交辞令の微笑みを浮かべながら質問した。しかし黒川は質問には答えることなく、ふいと視線をそらしてしまった。
うわ、感じわる。確かにうるさくしてたのは私たちの方だけど、質問にくらい答えろや。
私が心の中で悪態をつくと、鈴がぎょっとした表情を浮かべて私の方を見た。愛美、と諌めるように私の名前を呼ぶから、どうやら心の声が口に出てしまっていたようだ。
謝ろうかとも思ったが、すぐに思い直して開き直った。
「本当のことだろ。図書室でうるさくしてたんなら謝るけど、ここは教室だし。静かなところで勉強したいならそっちが場所を変えれば」
「……」
鈴と花音、それから教室にいる数人のクラスメイトたちが、はらはらした表情で私と黒川のやりとりを見守っていた。やりとり、と言っても端から見れば私が一方的に黒川を攻撃しているだけ。こういう出来事が積み重なってクラスメイトから怖がられているのだと理解はしているが、周囲の視線を気にして言いたいことを言わずにいるのは癪だった。
やがて黒川はあからさまな溜息を零し、教科書と問題集を鞄の中にしまった。私が言ったとおり教室から出て行くつもりなのだろう。
勝った、と私は心の中で思った。
「……愛美ぃ。言い過ぎだって」
と心配そうな花音の声。
「私、間違ったことは言ってねーし」
「そうだけど、あたしたちが騒いでたのも事実だしさぁ」
先生に告げ口されたら面倒じゃん、と花音は小さな声でつけたした。私は、今度はしっかりと心の中で言い返した。
高校生にもなって教師の視線を気にしてどうするんだよ。そんなものが気になるなら、私はとっくに金髪なんて止めてるわ。度を過ぎたピアスだって開けてない。誰かに期待されたり、良い子だと勘違いされるのが面倒だからこんな格好をしてんだろーが。
荷物をまとめた黒川は、 私と視線を合わそうともせず教室から出て行った。
長い前髪と大きなマスクに覆われて、最後の最後まで黒川の表情はわからなかった。
だから勉強も人付きあいも適度にゆるく、楽しく。
それが私、相原愛美のモットーだ。
◇
「――今日の連絡事項は以上。ではまた明日」
教師の言葉を皮切りにして、もともとそこまで静かではなかった教室内は休日のショッピングモールのような騒がしさとなった。
私が椅子に腰かけながら帰り支度をしていると、通りすがりの生徒の鞄が私の頭にぶつかった。そこまで強くあたったわけではないのだが、反射的に「いてっ」と声が出てしまう。
「あ……相原、わりぃ」
私に鞄をぶつけたのは、クラスで一番人気者の男子生徒だ。とはいえ私はその男子生徒にまったく興味がなかったので、ちらっと顔を見返して返事をした。
「別にいーけど。ちょっとあたっただけだし」
「……そう? 本当、悪いな」
私の表情をうかがいながら大袈裟な謝罪をして、男子生徒はそそくさとその場を立ち去った。少しして教室の後ろがわからひそひそ声の会話が聞こえてくる。
「やべー。相原に鞄、ぶつけちまった」
「まじ? 怒鳴られなかった?」
「怒鳴られてはいないけどめっちゃ睨まれた」
「うわ、やば。帰り道で刺されんなよ」
「怖ぇこと言うな、馬鹿」
後半は悪意が混じっているとしか思えない会話を耳にしながら、私はチッと舌打ちをした。
怒ってねーし、睨んでねーし、刺すつもりもねーんだよ、ボケ。
私はギャルだ。髪は金髪、両耳合わせて7個のピアス、濃い目の化粧と目元にはたっぷりのつけまつげ。制服のシャツは胸元のボタンをがっつり開けているし、スカートは膝上20センチメートルの短さだ。
私の通っているしらさぎ高校は学生の染髪を禁止していないし、制服の改造にも寛容だ。それでも教師陣はもれなく私の名前を覚えているから、かなり目立つ方なんだと思う。
まぁ別にどうでもいーけど。見た目は派手だけど、社会の法に触れることはしてねーし。見張りたいなら勝手に見張っとけ。
この派手な見た目のせいで教師から目をつけられていることは知っている。口の悪さと素っ気ない態度のせいでクラスメイトから距離を置かれていることも知っている。それでも私は私なりに理由があってこの格好をしているんだからほっとけや――とまず第一に思ってしまう。
鞄に筆箱や教科書を詰めこんでいると、クラスメイトの鈴と花音が話しかけてきた。
「愛美。今日、帰りどっか寄っていかない?」
「期間限定の抹茶フレンチドーナツが今日からなんだよぉ、食べに行こ」
私は「んー」とあいまいな返事をしながら二人の顔を見上げた。
顎のラインで切りそろえた黒髪にミントグリーンのポイントカラーを入れて、きりっとした顔立ちにブラックピアスを決めているのが鈴。ピンクブラウンの髪に甘めのメイク、着崩した制服にガーリーなカーディガンをはおっているのが花音。
ガーリー&クール。一見すると対照的な容姿の二人だが、彼女たちは高校に入学した当初からずっと仲が良い。ここに学年で一番ド派手な金髪の私が加わって、しらさぎ高校3年1組のギャルグループが完成だ。
「行きたいけど金ないんだよなぁ」
私が渋い返事をすると、花音がべたりと背中に張りついてきた。
「えー、愛美つめたぁい。水くらいおごるから一緒に行こうってぇ」
「水で金とられるとかどこの高級フレンチだよ」
「……フレンチドーナツだけにぃ?」
いや……別に面白いことを言おうとしたつもりはないけど?
私と花音は顔を見合わせてふっふと笑ってしまった。すぐそばでは鈴が冷めた表情を浮かべているが、いつものことなので気にならない。派手な見た目のせいでクラスメイトから距離を置かれている私たち。でも私は、鈴と花音と一緒にいる時間が気に入っていた。
「じゃあドーナツは今度にして、教室でちょっとしゃべってこうよ。バスまで時間あるんだ」
と教室の時計を見やる鈴。
「あたし、おやつ持ってるよぉ。食べかけだけど」
と鞄からいくつかのお菓子を取り出す花音。
「そんならいーけど。金、持ってないからジュースおごってよ」
「やーだぁ、水道水でも飲んでろっつーの」
◇
時間が経つにつれて教室からは人が捌けていった。放課後の教室には私たち3人のほか、数人のクラスメイトが残っているだけだ。
「なな、愛美もこの動画、見てみなよ。今、SNSでプチバズしてる動画なんだけど」
鈴がスマホの画面を見せてきたので、私は再生ボタンが押されたばかりの動画を見つめた。30秒足らずのショート動画だった。高校生と思われる女子3人が、はやりのJ-POPにのってダンスをしている。ただそれだけの動画だ。
「……あんま上手じゃなくね?」
私が率直な感想を言うと、鈴は笑いながら「そうそう」と同意した。
「あんま上手じゃないけどプチバズってんだよね。でさ、この制服どっかで見たことない?」
「んー……? あ、ひょっとして北原高?」
「そうそう。ちょっと改造してるけど、北原高校の制服だと思うんだよね」
3人揃ってスマホの画面を覗き込んだ。高校生らしくて楽しそうなダンス動画ではあるが、やはりダンス時代はそこまで上手じゃない。そうだというのに動画の再生回数が1万回を超えているのだから驚きだ。
「……私たちもやってみない?」
鈴が唐突にそう提案したので、私は「本気か?」と笑ってしまった。しかし鈴の気持ちはわからないでもない。私たちにいわゆる『バズり欲求』はないが、近くに住んでいる高校生たちがネット世界で注目を集めていると知れば話は別。あわよくば自分たちも――と考えてしまうのは自然な感情だ。
花音がパンと手を叩いた。
「よし、そういう話ならさっそく配置を決めよぉ。まず、センターは愛美でしょ」
「何でだよ」
「こういうのは一番目立つ人が真ん中でしょお」
花音は私の頭を指さした。
確かに3人の中で誰が目立つと聞かれたら、金髪の私が一番だろうさ。でも目立つというだけでセンターを決めるのはどうよ? 一番目立つ色を真ん中に……って花輪じゃねぇんだぞ。
「いや、やんねーし。こん中で一番動けるのは鈴なんだから、鈴がセンターだろ」
「私? 別にいーけど、私がセンターで踊ったら愛美と花音の存在意義がなくなるよ」
「自信満々だなおい。その言葉、忘れんなよ?」
私は鈴に顔を近づけてわざとらしく挑発した。
ボソボソと消え入るような声に会話を遮られたのはその直後のことだった。
「――いい加減、うるさいんだけど。静かにしてくんないかな」
その棘のある言葉が私たちに向けられていることは明らかだった。息を止めて声のした方を見ると、マスクをつけた男子生徒が長い前髪の下から私たちのことを睨んでいた。
男子生徒の名前は――黒川。クラス内のどこのグループにも所属していない、地味で目立たない生徒だ。机の上には数学の教科書と問題集を開いているから、出されたばかりの課題でもこなしていたのだろうか。
「うるさくしてごめんねぇ。それ、数学の課題? けっこう時間かかりそ?」
花音が社交辞令の微笑みを浮かべながら質問した。しかし黒川は質問には答えることなく、ふいと視線をそらしてしまった。
うわ、感じわる。確かにうるさくしてたのは私たちの方だけど、質問にくらい答えろや。
私が心の中で悪態をつくと、鈴がぎょっとした表情を浮かべて私の方を見た。愛美、と諌めるように私の名前を呼ぶから、どうやら心の声が口に出てしまっていたようだ。
謝ろうかとも思ったが、すぐに思い直して開き直った。
「本当のことだろ。図書室でうるさくしてたんなら謝るけど、ここは教室だし。静かなところで勉強したいならそっちが場所を変えれば」
「……」
鈴と花音、それから教室にいる数人のクラスメイトたちが、はらはらした表情で私と黒川のやりとりを見守っていた。やりとり、と言っても端から見れば私が一方的に黒川を攻撃しているだけ。こういう出来事が積み重なってクラスメイトから怖がられているのだと理解はしているが、周囲の視線を気にして言いたいことを言わずにいるのは癪だった。
やがて黒川はあからさまな溜息を零し、教科書と問題集を鞄の中にしまった。私が言ったとおり教室から出て行くつもりなのだろう。
勝った、と私は心の中で思った。
「……愛美ぃ。言い過ぎだって」
と心配そうな花音の声。
「私、間違ったことは言ってねーし」
「そうだけど、あたしたちが騒いでたのも事実だしさぁ」
先生に告げ口されたら面倒じゃん、と花音は小さな声でつけたした。私は、今度はしっかりと心の中で言い返した。
高校生にもなって教師の視線を気にしてどうするんだよ。そんなものが気になるなら、私はとっくに金髪なんて止めてるわ。度を過ぎたピアスだって開けてない。誰かに期待されたり、良い子だと勘違いされるのが面倒だからこんな格好をしてんだろーが。
荷物をまとめた黒川は、 私と視線を合わそうともせず教室から出て行った。
長い前髪と大きなマスクに覆われて、最後の最後まで黒川の表情はわからなかった。



