私たちの名前は

「それって、どういう好き?」
「ど、どういうって……どういう意味」

「私、友達の好きと恋の好きの違いがよくわからない。中学の時、それで嫌な思いしたことあるし……」

「よくわかんないけど、明星さんといると楽しいし、無理してクールぶってるから心配になるし、それなら俺が笑顔にしてあげられたらって思うし……それじゃあダメなの?」

 藤井君の頬が、西陽に照らされ光って見えた。

「怖いこと、しない?」
「怖いことってなに?」
「キスとか」
「キ、ごほっ」

 藤井君はなぜか咳き込んだ。

「明星さんが嫌なことはしない」
「胸は見るのに?」
「だから! それは誤解で」
「さっき見たって言ってた」
「……ごめん」

 藤井君はしょげた顔をしている。いつも表情を崩さないのに、今日はいろんな感情を見せる。
 それは、藤井君に一歩近づけたということなのかもしれない。

「いいよ。許してあげる」

 私の声に、藤井君はパッと顔を上げた。

「私も藤井君と一緒にいるのは楽しいし、もっといろんな顔が見たいって思う」

 ふーっと息を吐き、一旦心を落ち着かせる。

「だから、友達になって欲しい」

 目を見て話すことができず下を向いた。
 人はよくわからないし怖い。だけど目の前にいる彼は、私のことを好きだという。

 でも人は誰かと一緒にいるため、わざわざ関係性に名前をつけなくちゃいけない。それはとても煩わしく、勇気がいることだ。
 
「もちろん。俺は前から友達だと思ってた」

 柔らかい声に、私は顔を上げた。
 藤井君が微笑んでいる。胸が、じんわりと暖まった。

「それにしても、明星さんって足速いんだな。なかなか追いつけなかった」

 藤井君は額から流れてきた汗を腕で拭った。

「中学の時陸上部だったからかな」
「へぇ。もうやらないの? 陸上」
「今は全然走ってないから難しいよ」

 自然に言葉が出てきて、いつも通り会話ができている。さっきまでの息苦しさはもうない。

「こんなに速いのに? 諦めなくてもいいと思うけど」
「体を戻すのは大変なんだよ。野球部だったらわかるよね? 一日休むだけでも動きが鈍くなる」
「まぁね。そこは明星さんが頑張るしかない」
「簡単に言うね……」
「じゃあさ、俺も練習に付き合う。一緒にやれば、ちょっとは頑張れるんじゃない?」

 藤井君は再び立ち上がり、私のほうを見た。

「ん」

 まだ尻もちをついたままの私に、大きな手が差し伸べられた。私の手と比べるとごつごつしているけど、いろいろなものをしっかりと掴める手だと思った。

 私はその手を取って立ち上がり、藤井君の隣に並んだ。

 夕暮れの空は茜色に染まり、果てしなく、どこまでも続いていた。