私たちの名前は

 ――――ピーッ!

 音程の外れた楽器の音がして、弱く冷たい風が通り抜けた。

 顔を上げると、陽が傾き始め空の青は少しずつ薄くなってきている。

 どれくらい泣いていたのだろう。ブレザーの袖を引っ張り、目元をぎゅっと擦った。

 リュックを置いてきてしまったせいで、スマホが見られず時間の確認ができない。戻らなきゃ。でもこんな姿のまま、誰がいるのかわからない教室へ行きたくない。

 私は膝を抱えた。学校のみんなが帰るまで、ここでじっとしていよう。

「ボールねぇなー」
「あと探してないのはこっちだけなんだよな」

 ざざっと砂を踏む音がし、誰かの声が近づいてきた。

「こんなとこまで飛ぶかぁ? 今日は早く帰りてぇのに」
「なんで?」
「彼女と一緒に帰る約束してんだよ」
「ああ……マネージャーと付き合い始めたもんな」
「そうだよ。部活なんてやってる場合じゃねぇよ!」
「休憩中にいちゃつくのだけはやめて欲しい」
「しょうがねぇじゃん。ユキちゃん可愛いもん」
「……鬱陶しい」

 声がどんどん近くなってくる。どうしよう。隠れる場所なんてない。

「なんでだよ! お前だって気持ちわかるだろ!? なんか仲良さげに喋ってる女子いるよな? この前見たぞ」
「んー……まぁ」
「けっこう胸でけぇし、いいじゃん」
「明星さん胸はでかいけど……おい、なに見てんだよ」
「ぶっ。怒んなって。大事なことだろ? なに? 小さいほうがよかった?」
「俺は胸を好きになったわけ、じゃ……」

 歩いてきたのは、野球部のユニフォームを着た2人組だ。そのうちの一人が、私の姿を見つけると目を丸くして固まった。

 どうして誰も彼も、そんな感情に振り回されてしまうんだ。

 私は息苦しさを覚え、耐え切れず走りだした。

「明星さん!」
 
 背中越しに藤井君の声を聞いたけれど、振り返ることはしない。

 グラウンドは運動部が片付けを始め、少しずつ人気が減っていた。その隅っこを誰に気づかれることもなく、私は、ただただ走る。

 みんな気持ちが悪い。勝手に人を好きになって、勝手に邪魔者にして。私がなにをしたっていうんだ。また好きのせいで、こんなにも苦しい思いをしなくちゃいけない。好きなんて感情、人間の中から消えて無くなってしまえばいいんだ。

 ――ビー! ビビー!

 聞いたことのない、耳障りな音がした。

 我に返った時に見えたのは、横断歩道と赤信号。
 あれ? 私、どこまで走って来たんだろう。ああ、そうか。ここは学校前の横断歩道だ。すぐに信号が変わってしまうから、ダラダラ歩くな! と生徒指導の先生によく注意される、あの横断歩道――。