翌日の放課後、私はいつも通り教室を出ようとして、クラスメイトに呼び止められた。
「5組の百瀬さんが明星さんのこと呼んでるよ」
「百瀬さん?」
誰だろうと教室の入口に目をやれば、見覚えのある女子がこちらを見ていた。
何事もなく、静かに1日を終われると思ったのに。
「明星さん、だっけ。ちょっと話したいことあるんだけど」
間違いない。昨日私を見てきた人だ。
持っていたリュックを机の上に置き、百瀬さんのほうへ寄って行く。彼女の後ろには友達らしき女子2人がいて、品定めするような視線を向けられた。
「私に、話?」
「来て」
力強い瞳が真っ直ぐ私を捉えた。有無を言わせない空気に逆らえるはずがなく、私は無言で頷いた。
「あのさ、よく藤井君と話してるよね?」
連れてこられたのは校舎裏にあるゴミ捨て場だ。大きなゴミ箱があるだけのひっそりとした場所で、他に人の気配はない。
私は百瀬さんを中心に取り囲まれ、完全に逃げ場を失っている。
「よく話す……というわけでは」
ああでも、昨日は珍しく1日に2回も話をした。楽しくて、もっとこの時間が続けばいいのに、なんて思ってしまった。
「藤井君と一番話してたのはあたしなの。なのに、1年の3学期くらいからだよね? 明星さんが藤井君に擦り寄り始めたのは。はっきり言って、迷惑」
「それ、は……ごめん、なさい」
「だから、もう藤井君に近づかないでくれる?」
たぶん、百瀬さんは藤井君のことが「好き」なんだ。だから私みたいなのがいたら面白くないし、邪魔だと思ったんだ。
どうしてだろう。一歩近づいてみようと思った途端、また誰かの「好き」がそれを許してくれない。
「藤井君とは友達じゃないし、仲良くしてるつもりもないよ」
言いながら、なぜか胸がちくりとした。そうしてはいけない、そうなってはいけないと、自分自身で呪いをかけているようだ。
「それ、本当に心から思ってる? あたし知ってるんだ。塾の友達が明星さんと同じ中学だって言うから教えてもらったんだけど」
相手の表情が鋭さを増した。
「教室でしょっちゅうキスしてたんでしょ? しかも自分から彼氏にせがんでたんだって? 明星さんみたいな地味なタイプでも、やることはしっかりやってんだねー」
違う。否定しようとした言葉は、喉の奥へ消えていった。
違う。だけどキスはした。でもたった一度だけ。心音の熱っぽい瞳と温度に耐えられず、「好き」から逃げ出したあのキスだ。
そんな話、誰にも言えるわけがない。
それなのに、どうして。
「おまけに飽きたら振っちゃったんでしょ? 酷くない? 美咲ちゃん、見てられなかったって怒ってたよ」
キン! と、遠くから金属バットの音が響いた。
だけどそれから、私の耳にはなんの音も入ってこなかった。いつも聞こえるはずのトランペットやドラムの音、運動部のかけ声、風がざわめきさえも。
なにもかも、感じない。
「だからあたしは明星さんのこと信用できない。今後、藤井君に馴れ馴れしくしたら絶対に許さないから」
かろうじて聞こえた百瀬さんの声が、耳の奥にこびりつく。
去っていく3人の後ろ姿を見つめながら、私はその場に座り込んだ。
あの時どうすればよかったのだろう。
心音に「怖い」と言えばよかった? 美咲に「恋がわからない」と、本当のことを伝えればよかった? そうすれば、なにか変わったのだろうか。
「うう、ぐっ、うっ」
不様な嗚咽は止まらなかった。
「5組の百瀬さんが明星さんのこと呼んでるよ」
「百瀬さん?」
誰だろうと教室の入口に目をやれば、見覚えのある女子がこちらを見ていた。
何事もなく、静かに1日を終われると思ったのに。
「明星さん、だっけ。ちょっと話したいことあるんだけど」
間違いない。昨日私を見てきた人だ。
持っていたリュックを机の上に置き、百瀬さんのほうへ寄って行く。彼女の後ろには友達らしき女子2人がいて、品定めするような視線を向けられた。
「私に、話?」
「来て」
力強い瞳が真っ直ぐ私を捉えた。有無を言わせない空気に逆らえるはずがなく、私は無言で頷いた。
「あのさ、よく藤井君と話してるよね?」
連れてこられたのは校舎裏にあるゴミ捨て場だ。大きなゴミ箱があるだけのひっそりとした場所で、他に人の気配はない。
私は百瀬さんを中心に取り囲まれ、完全に逃げ場を失っている。
「よく話す……というわけでは」
ああでも、昨日は珍しく1日に2回も話をした。楽しくて、もっとこの時間が続けばいいのに、なんて思ってしまった。
「藤井君と一番話してたのはあたしなの。なのに、1年の3学期くらいからだよね? 明星さんが藤井君に擦り寄り始めたのは。はっきり言って、迷惑」
「それ、は……ごめん、なさい」
「だから、もう藤井君に近づかないでくれる?」
たぶん、百瀬さんは藤井君のことが「好き」なんだ。だから私みたいなのがいたら面白くないし、邪魔だと思ったんだ。
どうしてだろう。一歩近づいてみようと思った途端、また誰かの「好き」がそれを許してくれない。
「藤井君とは友達じゃないし、仲良くしてるつもりもないよ」
言いながら、なぜか胸がちくりとした。そうしてはいけない、そうなってはいけないと、自分自身で呪いをかけているようだ。
「それ、本当に心から思ってる? あたし知ってるんだ。塾の友達が明星さんと同じ中学だって言うから教えてもらったんだけど」
相手の表情が鋭さを増した。
「教室でしょっちゅうキスしてたんでしょ? しかも自分から彼氏にせがんでたんだって? 明星さんみたいな地味なタイプでも、やることはしっかりやってんだねー」
違う。否定しようとした言葉は、喉の奥へ消えていった。
違う。だけどキスはした。でもたった一度だけ。心音の熱っぽい瞳と温度に耐えられず、「好き」から逃げ出したあのキスだ。
そんな話、誰にも言えるわけがない。
それなのに、どうして。
「おまけに飽きたら振っちゃったんでしょ? 酷くない? 美咲ちゃん、見てられなかったって怒ってたよ」
キン! と、遠くから金属バットの音が響いた。
だけどそれから、私の耳にはなんの音も入ってこなかった。いつも聞こえるはずのトランペットやドラムの音、運動部のかけ声、風がざわめきさえも。
なにもかも、感じない。
「だからあたしは明星さんのこと信用できない。今後、藤井君に馴れ馴れしくしたら絶対に許さないから」
かろうじて聞こえた百瀬さんの声が、耳の奥にこびりつく。
去っていく3人の後ろ姿を見つめながら、私はその場に座り込んだ。
あの時どうすればよかったのだろう。
心音に「怖い」と言えばよかった? 美咲に「恋がわからない」と、本当のことを伝えればよかった? そうすれば、なにか変わったのだろうか。
「うう、ぐっ、うっ」
不様な嗚咽は止まらなかった。
