私たちの名前は

 中学時代、私は親友と付き合った。だけど恋愛というものをよくわかっておらず、友情の延長線上の関係でいいのだと思っていた。

 初めてキスをされたあの日以来、心音とは上手く話せなくなってしまった。なにか言わなくちゃ、そう思っていたけど、あの熱をまた向けられたらと思うと、怖くて一歩踏み出すことができなかった。

 しかも最悪なことに、あの日の出来事には目撃者がいたのだ。

「あたし、ひよりなら仕方ないなって心音君のこと諦めたのに。どうしてあんな酷いことできるの?」
「ちが……」

 違う、と言おうとしてその先は声が出なかった。

 急にキスをされて怖かった。
 私はそんなふうに心音をみていたわけじゃない。

 だけどなにを言っても、私が心音に傷ついた顔をさせたのは事実だ。

「とにかく、もう心音君には近づかないで」

 同じ陸上部の美咲が心音のことを好きだったなんて、私は知らなかった。

 2人とも大好きな人だったのに、その「好き」という感情のせいで私たちの関係は変わってしまった。「好き」ってなに? どうして「恋」をして「男」と「女」にならなきゃいけないのだろう。

 私は「好き」のせいで、なにもかも失った。
 もうあんな思いはしたくない。だからいらない。友達も、恋人も。 
 
「俺たちは友達じゃないの?」

 藤井君の言葉にハッとし、言葉に詰まる。私と藤井君はきっと”友達”じゃない。今の踏み込まない関係が心地いいのに。もしまたあんなことになったら、もう立ち直る自信はない。

「藤井くーん! おはよぉ」

 そんな私の重い気持ちに侵食する、甘ったるい声がした。

「なに話してるの? もう授業始まるよ」

 やって来たのは、力強い目をした女子だった。

「教科書を貸してた」
「ふぅん……そうなんだぁ」

 彼女はそう言って私のほうへ視線を移す。その目は藤井君へ向けられるものとは違い、じっくりと探るような鋭さを感じられた。

「……き、教科書ありがとう藤井君。終わったら返しに来る」

 私の言葉に藤井君は「あ、うん」と答えた。
 あの視線は居心地が悪い。私と藤井君が話していたせいだろう。けっこうモテるんだな、藤井君。
 やっぱり、深入りしないほうがよさそうだ。