教室を出て隣の5組を覗き込む。授業前は5組もざわざわとしているけれど、騒ぎ立てるような人がおらず、落ち着いた雰囲気がある。4組のうちのクラスは元気が良く、色に例えるなら明るいオレンジ、5組は薄い水色だ。

 教室の作りや照明は同じなのに、そこにいる人間が違うだけで、こんなにも違って見えるのは不思議に思う。

 そんなことを考えていると、お目当ての短髪男子と目が合った。私は彼に向けて小さく手招きをする。

「明星さん久しぶり。3学期以来か」
「久しぶりだね。藤井君はあいかわらず日焼けしてるなぁ。いつもよりは薄いけど」
「今は……まだ日焼けしてないから。俺ちょっと地黒だし」

 藤井君はブレザーの裾を少しまくり、わざわざ自分の右腕を私に見せつけてきた。

「あ、そうだったんだ」

 言われてみれば、日焼けにしては白いような気がする。試しに自分の腕と見比べてみたけれど、藤井君の腕のほうが色素が濃い。これは日焼けじゃないのか。それにしても、太くてたくましい腕だ。

 藤井君とは去年同じクラスだった。たまたま後期に2人で美化委員をやることになり、それがきっかけで話すようになった。そこから私たちの関係は、”見たことのあるクラスメイト”から”雑談ができるクラスメイト”にレベルアップした。

 野球部で体育会系のはずなのに、教室では大声を出さず、必要なこと以外はあまり喋らない。表情の変化が少なく、藤井君のことを「クールでかっこいい」という人がいるけれど、「塩対応」という人もいる。

「で、俺になにか用?」

 藤井君は腕を元に戻し、大きなあくびをすると私に眠そうな目を向けた。

「数学の教科書を貸してほしいんだ」

 お願いすると「数学? いいよ」とロッカーから教科書を出してくれた。

「ほい」
「ありがとう、助かった」

 これで無事に数学の授業が受けられる。私は胸を撫で下ろした。
 忘れ物をするなんて、高校生になってから初めてだ。少したるんでいるのかもしれない。

「明星さん、友達できた?」

 頭上からのんびりとした声が降ってきて、その質問はなんだ、と疑問が浮かぶ。どうして今さらそんなことを聞くのか。
 
「できてないよ。そもそも私、友達は作らない。前も言わなかったっけ?」
「言ってた気がする」

 藤井君は眠そうな顔のまま答えた。そちらから訊いたくせに、興味がなさそうな態度はよくないぞ、と心の中でつっこむ。でも、それが私にとっては楽で、居心地がいいというのも事実だ。