極彩色の祈り

「なるほど、アネリーゼ様の虚弱体質について知りたいのですね?」
「はい。孤児たちとは面と向かって話せないことになっていますし、ご病気で容姿が醜くなっているのが理由だとされております。しかし、アネリーゼ様にそのようなそぶりはございませんでした」
 そうですね、とルヨ様が頷いた。彼はどう話すべきか考えているようだが、その間にも目と手はせわしなく動く。あんなに早くやっていて、思考を同時並行して、頭がパンクしないのだろうか。
 私は尊敬の念を覚えながら、自分もパラパラと本のページをめくっていく。
「アネリーゼ様が虚弱なのは確かです。今日は少し体調が良さそうでしたし、天気が晴れて心地よかったので、この屋敷に連れてきました。本当は、この屋敷には埃が積もっているのであまりつれてきたくなかったのですが、アネリーゼ様がどうしてもと仰るので……まさか、他の小さいお客様が来るとは思いませんでしたが」
 ルヨ様が私のほうをちらりと見て、小さく笑い声をこぼす。私もつられるように少しほおを緩める。
「アネリーゼ様が体調を崩されるのは一週間に一日ほどです」
「そんなに⁉」
 思わず大き目な声を出してしまった。私は慌ててぎゅ、と口をつぐむ。
「これでも頻度は短くなったのです。昔は、三日に一度ほどしか活動できず、大抵ベッドの上でお勉強や執務をなさっていました」
「その……原因は、わかっているのですか?」
 不意に、ルヨ様の目が細められた。少しだけ眉も真ん中のほうに寄っている気がする。彼が不機嫌になったのを察知し、私は頭を下げた。
「すみません、聞かないほうがいいことでした」
「そうですね、これ以上深くかかわるのは避けたほうが良い。アストラル家に深入りすることと同様になります」
 私はただの孤児だという事を忘れてはいけなかった。なのに迂闊にも聞いてしまった。先ほどからすぐに忘れてしまう。
本来は、ルヨ様もプロン様も私よりだいぶ上にいるのだ。普通会うこともかなわないだろう。孤児院から成り上がりの騎士たちではアネリーゼ様のお付きになんてなれない。どこかの貴族の子息がなっているのだろう。
 つまりは平民の私と貴族のルヨ様は、決してお目にかかれないのだ。なぜだろう、アネリーゼ様と時を共にするようになってからどうにも位の違いを意識することができない。
「それほど気にしないでください。私はもちろん、アネリーゼ様もプロンも貴方と仲良くしたいと考えています」
「え?」
「そうでなければ、この屋敷に入った時点で追い出しているでしょう」
 確かに言われてみれば。でも、と私は胸の中でもやもやする気持ちを抱えていた。やっぱり難しいんだな、と思う。この位制度と言うのがなければ、もっと気軽に接せるのに。
「プレノ、アネリーゼ様はいずれ、皆が平等な世界になることを望んでいます」
「……なぜ」
 平民がそう望むならわかる。本で読んだこと、他の本来の孤児から聞いたことによると、よそのお貴族様は傲慢な方も多いという。
平民を同じ人間として見ず、格下の家畜のように見て、まったく平民のことを考えない方もいらっしゃるとのことだった。お貴族様と平民の命の価値を比べれば、平民の命は軽いものだ。お貴族様の殺せの一言が下れば、その平民は確実に命を落とす。
 お貴族様は、平民のことなんて気にしない。アネリーゼ様は、なぜ気にする?
「アネリーゼ様は知っているのです。自分たちの生活が平民の生活の営みの上にあると言う事を。もし平民が全員命を落とせば、我々の生活も破綻すると言う事を」
「えっと……お貴族様たちは、ふつうそんなことを考えませんよね? それに、私たちが全員いなくなるとお貴族様が生きていけないって、本当なんですか?」
 思わず再び問い返してしまう。慌てて口を手でふさぐが、そんなことをしたところで出た言葉が戻るわけではない。ルヨ様は苦笑しつつ、それくらいなら答えられますよ、と言った。
「貴方たち平民は、どのような仕事をしていますか?」
「えっと……農作物を作ったり、家畜を育てたり、服や家具などを作ったり……生活に必要なものを作っています。あと、商人がそれを売りさばいて、それが運が良ければお貴族様に……って、あれ?」
 ルヨ様は穏やかな微笑を浮かべ、わかりましたか、と言った。それは、初等部の先生が、初めて問題が解けた子に向ける笑みとよく似ていた。
「我々貴族は、自身で物を作ることをしません。大抵はお金で解決してしまいます。私たちが働くのははしたないこととまで言われています。だから、色々な物を作ってくれる平民がいないと、生活できないのです」
 へぇ、と私は頷いた。そしてさらにアネリーゼ様への尊敬の念を覚える。アネリーゼ様はそんなところまで考えていたのか。普通貴族と平民の違いなんて考えないはずなのにな、と思う。アネリーゼ様が天才と呼ばれる理由が分かった気がする。
「なかなか見つからないな」
 ふと、声が上がった。ルヨ様と私はそろってそちらを見る。アネリーゼ様がトントンと自分の肩をたたきながら、ため息をついていた。ちら、と顔をのぞかせたプロン様も、ふるふると首を振る。やはり、私の呪いに関する書物は見つからない。
「一日で見つけられる量ではありませんね……」
 ルヨ様がぐるりと図書室を見渡しながら言う。ここの図書室は、蔵書数がすごいのだ。そう、すごい。孤児院にある図書室の十倍、いや、二十倍くらいあるのではなかろうか。びっしりと壁を埋め尽くす本棚には勿論本がぎっしりと。
 それに加えて先ほどアネリーゼ様が「隠し部屋があったぞ」と言うし、プロン様は「他の部屋にも多くの書物があったな」と呟くし、ルヨ様は「地下書庫もありますね」と言った。
 正直、どうしてそんなに本があるのかがわからない。そして、どこに目当ての本があるかを探すのも無理だ。
「道のりは遠いなぁ」
「そう簡単に見つかっていたら、お前はそんなに苦労してないだろうさ。気長に探そう」
 肩を落とす私を慰めてくれるのは、やはりアネリーゼ様だ。私はそうですね、と頬を緩めた。