極彩色の祈り

 そう思ったが、それをメテオ様に聞く前に、私の意識は別のことへもっていかれる。スミアが目を覚ました、と星読み見習いの人が教えてくれたのだ。そして、その目ざめは最悪だった。
 スミアが、椅子から落ちかけたというのだ。幸い、なんとか片手をついて頭を打ったりはしなかったけれど、軽くひねってしまったらしい。
「スミア!」
 私が抱いていた疑問は離散し、私はそれを考えていたことすら忘れてしまった。私は中庭を飛び出して、スミアが寝ていたバルコニーに向かう。スミアは手をさすり、顔をしかめていた。
 私がしゃがみ込んで彼女の表情を確認すると、スミアはやっちゃった、と仕方がなさそうに笑っていた。
「体が傾いて……」
「大丈夫?」
「ええ。それほどひどい傷ではないはずだから。あとで医務室に向かうわ」
 だから大丈夫よ、とスミアは私の頭をなでた。安心させるような微笑みを浮かべているスミアを見て、私が混乱して焦っていることを初めて理解した。
「あ、ごめん……スミアが大けがしてないか心配で」
 私があたふたとしているところを、メテオ様が温かい視線で見ているのを感じた。なんだか恥ずかしくなって私が身を縮めていると、
「傷を見せてもらえるかな」
 突然声をかけられた。私の心臓は飛びあがった。どくどく早鐘を打つ心臓をなだめながら振り向く。スミアはゆっくりと座り込んだまま顔を上げる。
 声の主は、長い髪を一つにゆるく結わえている男性。側に立っているメテオ様と同じローブを着ていることから、同じ星読み様だろう。
「僕は星読みのほかに治癒術も研究していてね。少しの傷なら応急処置程度はできるよ。メテオに呼ばれてきたんだ。見せてもらうことはできる?」
「……お願いします」
 星読み様はスミアの肯定の言葉にうなずいて、スミアの横に来て手を取り、じっと見る。不思議なきらめきに満ちた星読み様の瞳が、酷く印象に残った。
「うん、捻挫だね。軽いし、安静にしておけば治ると思う。でも、それ以上に君の寝不足が心配だね。そのくまはなかなか星読みの間でも見ないよ。結構重症だと思う。それに、ちょっと熱もあるね。明日は特に予定とかないんだったら休んだ方が良いよ。一応紹介状を書いておこうか」
「……」
 星読み様の言葉に、スミアは困ったように目を伏せて、うつむく。星読み様は少し慌てたようなしぐさをして、メテオ様を見る。メテオ様は小さくため息をついた後、スミアの肩にトン、と手を置く。
「あの人、アピザっていうんだけど、一応ちゃんと医術も勉強してるわ。星読みって夢中になるとすぐに体調気にせずに没頭してしまう人が多くて。だから、そういう時にあのアピザが診断してだめそうだったらベッドに放り込む。このことは院長様たちも知っているわ。アピザが書く紹介状なら、きっと大丈夫よ」
 そこまでひといきにアピザ様のことを紹介してくださったメテオ様は、まだ納得していないスミアの様子を見て、苦笑する。
「スミアが頑張り屋さんなことは知っている。でも、今のスミアだと普段通りの実力すら発揮できない。一日でも休んで、体調を整えたほうが良いと思うわ。どうかしら」
 一応ってなんだよ、という小さなぼやきが聞こえたような気もするが、メテオ様もスミアも私もスルーする。
 スミアはメテオ様の言葉に少しだけ心の揺らぎを感じているようだが、なかなかに頷こうとしない。アピザ様の実力が信じられないのもあるだろうが、スミアのことだ、試験勉強ができなくなってしまうのがどうしてもいやなのだろう。
「スミア。早く功績をあげたくて、焦ってるんだよね。でも、メテオ様の言う通り、だと思う。大丈夫、スミアならきっと何とかなるよ。私よりすごいんだもん」
 そこで言葉を切って、少し考える。言葉は、万能じゃない。私の言葉がすべて……ほかの人の心に届くとは、限らない。
「……私の言うこと、あまり心に響かないかもしれないけどさ。私が焦ってるとき、いつもスミアは止めてくれる。だから今度は、私が止める番だよね。休んで、スミア。アピザ様もメテオ様も忙しいけどスミアのことを思ってこう話をしてくれてるよ」
 私がメテオ様やアピザ様の忙しさを休むべき理由に引き出して説得すると、ん、と微かにスミアが頷いてくれた。
 私がほっと息をついていると、そっと誰かの手が私の背に当てられた。はっとして後ろを見ると、やるじゃん、と言いたげな笑みを浮かべたメテオ様がこちらを見ていた。私は少しだけ誇らしい気持ちになった。本当に、些細なことだけれど。
「はい、これ、君が持ってて。僕も使者に頼んでこれを院長様に届けてもらうよ。君はもし何か大人に言われたらそれを見せればいい」
 アピザ様が私の前に紙を突き出す。私は頷いて、いつ書いたのかは知らないけどしっかりとした紹介状を受け取る。手触りが良い、やはり星読み様になると高級な紙を使えるのか。ぼんやりと考えながら、ふと疑問に思って、アピザ様を見上げた。
「あの、アピザ様。どうしてこんなにスミアを気にかけるんですか? 私もスミアもアピザ様にお会いしたことないのに」
「あー……」
 アピザ様は少しだけ頬を掻いて、メテオ様を見る。
 少しだけ無機質さを孕んだ表情になっているメテオ様は、静かにアピザ様を見て、頷く。アピザ様は困ったようにも寂しそうにも悲しそうにも見える何とも複雑な微笑を浮かべて私を見た。
「杞憂だったら、いいんだけど。星が、少し、騒がしいんだ。もしかしたら何かあるのかもって、思ったんだ」
 星が騒がしい。その意味を私は知らないし、それがどんなことを指すのかもわからない。けれど、それをアピザ様もメテオ様も肯定的に捉えておらず否定的に捉えていることはわかった。
「そう、ですか……ありがとうございました。スミアは私が連れて帰ります。メテオ様、忙しいのに星を読んでくださってありがとうございます。アピザ様、スミアを診てくださってありがとうございます。明日は休ませてみることにします」
 私は二人にお礼を言い、スミアに帰る? と聞いた。スミアは頷いて、ごめんね、と謝ってきた。謝らなくていいよ、と私は言って、二人で星の宮を後にした。