終業式が終わった後僕が教室で久遠苺からもらったギターをつまびいていると江口がやってきた。
「大分上手くなったじゃんか。最近久遠さんと仲良いんけ」
「うーん、このギターも彼女からもらったんだよな。でもそれっきり特に接触はないな」
僕は久遠さんからもらった古びたエレキ・ギターの指板と古本屋で買った昭和のギター教則本を交互に見ながら言った。
「もう見せてもらったんか」
「何を?」
「何をって決まってんだろ。パイよパイ」
「そんなわけあるか」
「まあそうだよな。あの霊岸島高校きっての美女がお前に熱を上げるってことはないよな」
「ないね。ただ文化祭でライブやるって約束しちゃったんだよね」
「は?」
「でライブが成功したらエキサイトしようって」
「何? っていうかエキサイトって何だよ」
「分からん。自分の歌を唄えって言われたんだよな」
「曲を作るってことか。お前作れんのかよ」
「何とかなんじゃね」
「そうだな。俺ピアノ習ってたけどガキの頃適当な曲作ってたぜ。『ガールスカウトに入りたい』とかいい曲あったぜ」
「お前楽器弾けるの?」
「ピアノ弾ける」
「バンドやろうぜバンド。一人じゃ心細くてさ」
「やらねえよ。予備校行って撮影しないとなんないから余計なことをしている暇はない」
「冷てえなあ」
「まあお前もそこそこにして勉強しないと母ちゃんテンパるぜ。浪人確定じゃんか。お、時間だ。予備校の階段下行って来るわ」
「おう」
江口が教室から出て行ったあと僕は夏休みプランを考えた。それもとびきり抽象的なやつを。
「曲を作らねばならんがやはり詩人は何かにぐっとこないとダメだよな。インスピレーションをどうやって得るか」
「あなた独り言が多いわね」
僕は肝を冷やした。また久遠苺が現れたからである。どうして彼女は急に現れるんだ?
「旅行よ。旅が人を大人にするのよ」
「久遠さん何でいつも急に……。あと何でおれがインスパイアされたいことがわかったの?」
「旅に出ましょう。私も同行するわ。明日から夏休みだし」
話聞いてねえ〜。久遠さんはにこりともせず、しかしこちらを真っ直ぐに見つめて言った。
「明日朝九時に私の家に迎えに来て」
「え」
「スクーターで。詳しい住所を教えるからLINEのIDを教えて」
まさかの久遠さんIDゲット。しかも向こうから交換しようとは奇なる事が起こるものだ。
翌日大岡山で彼女をピックアップした。久遠さんはタンクトップにジーンズだった。いとおかし。そして僕は十八年生きてきて最大の衝撃を受けた。何だこの下半身は。こんなにむっちりしていたのか久遠さんの下半身。すごい重量感というか尻がデカいというか足が長いというか太ももが太いというかふくらはぎの筋肉がすごいというか。ヘイシリこういうときどうすれば良い?
「何。何黙っているの」
「いや、何でも」
「じゃあ海に行きましょう」
二人でヘルメットをかぶり愛車ホンダスペイシー100は発進した。いいなあスペイシー。俺も久遠さんに乗られたい。あのヘヴィな股ににはさまれたい。
海といったら湘南か房総か。ちょっと遠くね? ガソリンどこかで入れなきゃ……。
「遠いところは大変だから城南島に行きましょう」
僕たちはニケツで城南島に向かった。薄々予想はしていたが久遠さんの胸が背中に密着し相当エキサイティングな状況になった。かっちかちです。ハード・アズ・ア・ロック。「アズ」の使い方はAC/DCで覚えた。そんな事情を知ってか知らずか久遠さんはぴったりと密着してくる。もっと緩いパンツを履いてくればよかった。痛い。しかし女ってのは胸を押し付けているときそれを自覚しているのか? わざとか? 無自覚か? 神経は通っているのか? 亀の甲羅は神経が通っているそうだが。感覚はあるのかないのか。胸を押しつけられた男の心情は読み取れているのだろうか。
こけないように慎重に二十分くらい走ると城南島海浜公園に着いた。白い砂浜が広がり向こう側には羽田空港が見える。飛行機がえらく低空飛行をしているのが物珍しかった。
「こりゃすげえ。こんなところがあったんですね」
「きれいね」
城南島の海岸は人工海岸だが本物のビーチのようだった。潮風が心地よい。水平線を見ながら波打ち際で遊ぶとちょっとカリフォルニアに来た気分になった。行ったことないけど。風は吹いていなかった。真夏の日差しが僕のサヌークから出た足にジリジリと照りつけた。久遠さんの下半身の動きはつねにエロかった。彼女はジーンズの裾をまくって波打ち際でたたずんでいたが、
「暑いからあちらの桜の木の下のベンチに坐りましょう」
と言い、僕らはビーチの手前の離れ公園みたいになっているところの木陰に坐った。
「それで巻君。ギターは弾けるようになった?」
「AとDとEは弾けるようになりました。これで曲は作れるらしいです。ちなみにA7とD7とE7にするとシブくなることも分かりました」
「さすがね。兄は二日で根を上げたわ」
「これにあとBmとF#mが弾けるようになればいけます」
「素晴らしいわ。ねえ、それでどういう曲を作るつもりなの」
久遠苺は学校にいるときとは違い二人きりだと打って変わってよく喋る。
「そうですね。YouTubeでバズるようなやつを考えてるんですが中々参考になるような曲がなくて」
「YouTubeでバズって何になるの。本物の音楽をやらないと。画面越しで受けとる女の反応に意味がある? それに私はあなた自身の音楽をやってほしいと言ったの。妙な音楽を参考にしてもろくなものができないわ。三十秒聞いただけで良いと思えるような音楽は芸術ではない」
僕らは長い間語り合った。かいつまんでいうと久遠苺は僕に誰も聞いたことのないような音楽を作ってほしいということだった。というよりそういう気概で作った音楽じゃないと意味がないということらしかった。誰の真似でもない自分の音楽。それが結果的に何かに似ていたとしても。そして彼女は簡単に感動できるものは簡単に忘れ去られるという考えを持っていた。モテるには本物の音楽が必要だと。
「一生忘れられないようなものを作って」
暑かったのか久遠さんは髪をかき上げた。そのとき腋毛の剃り跡が見えた。おかし。国立大学に行ける学力の女も腋毛は剃るのか。いつ頃剃るべきだと気付いたんだろう。僕は私服の久遠苺と制服姿の彼女に共通点が見いだせなかった。
「何を見ているの」
「いや……、何も」
気がつくと日が暮れようとしていた。こうしてみるとどんどん暗くなっていくが一分間に何度くらい地球は回っているのだろうか。地球が一回転するのが二十四時間で角度は三六〇度だとすると?
「花火やらない? 持ってきているの」
相変わらず無表情に久遠苺は言った。女神レベルの女に海どころか花火まで誘われるとは今月の運勢は恐ろしいことになっている。
「公園事務所でバケツ借りてきます」
「大分上手くなったじゃんか。最近久遠さんと仲良いんけ」
「うーん、このギターも彼女からもらったんだよな。でもそれっきり特に接触はないな」
僕は久遠さんからもらった古びたエレキ・ギターの指板と古本屋で買った昭和のギター教則本を交互に見ながら言った。
「もう見せてもらったんか」
「何を?」
「何をって決まってんだろ。パイよパイ」
「そんなわけあるか」
「まあそうだよな。あの霊岸島高校きっての美女がお前に熱を上げるってことはないよな」
「ないね。ただ文化祭でライブやるって約束しちゃったんだよね」
「は?」
「でライブが成功したらエキサイトしようって」
「何? っていうかエキサイトって何だよ」
「分からん。自分の歌を唄えって言われたんだよな」
「曲を作るってことか。お前作れんのかよ」
「何とかなんじゃね」
「そうだな。俺ピアノ習ってたけどガキの頃適当な曲作ってたぜ。『ガールスカウトに入りたい』とかいい曲あったぜ」
「お前楽器弾けるの?」
「ピアノ弾ける」
「バンドやろうぜバンド。一人じゃ心細くてさ」
「やらねえよ。予備校行って撮影しないとなんないから余計なことをしている暇はない」
「冷てえなあ」
「まあお前もそこそこにして勉強しないと母ちゃんテンパるぜ。浪人確定じゃんか。お、時間だ。予備校の階段下行って来るわ」
「おう」
江口が教室から出て行ったあと僕は夏休みプランを考えた。それもとびきり抽象的なやつを。
「曲を作らねばならんがやはり詩人は何かにぐっとこないとダメだよな。インスピレーションをどうやって得るか」
「あなた独り言が多いわね」
僕は肝を冷やした。また久遠苺が現れたからである。どうして彼女は急に現れるんだ?
「旅行よ。旅が人を大人にするのよ」
「久遠さん何でいつも急に……。あと何でおれがインスパイアされたいことがわかったの?」
「旅に出ましょう。私も同行するわ。明日から夏休みだし」
話聞いてねえ〜。久遠さんはにこりともせず、しかしこちらを真っ直ぐに見つめて言った。
「明日朝九時に私の家に迎えに来て」
「え」
「スクーターで。詳しい住所を教えるからLINEのIDを教えて」
まさかの久遠さんIDゲット。しかも向こうから交換しようとは奇なる事が起こるものだ。
翌日大岡山で彼女をピックアップした。久遠さんはタンクトップにジーンズだった。いとおかし。そして僕は十八年生きてきて最大の衝撃を受けた。何だこの下半身は。こんなにむっちりしていたのか久遠さんの下半身。すごい重量感というか尻がデカいというか足が長いというか太ももが太いというかふくらはぎの筋肉がすごいというか。ヘイシリこういうときどうすれば良い?
「何。何黙っているの」
「いや、何でも」
「じゃあ海に行きましょう」
二人でヘルメットをかぶり愛車ホンダスペイシー100は発進した。いいなあスペイシー。俺も久遠さんに乗られたい。あのヘヴィな股ににはさまれたい。
海といったら湘南か房総か。ちょっと遠くね? ガソリンどこかで入れなきゃ……。
「遠いところは大変だから城南島に行きましょう」
僕たちはニケツで城南島に向かった。薄々予想はしていたが久遠さんの胸が背中に密着し相当エキサイティングな状況になった。かっちかちです。ハード・アズ・ア・ロック。「アズ」の使い方はAC/DCで覚えた。そんな事情を知ってか知らずか久遠さんはぴったりと密着してくる。もっと緩いパンツを履いてくればよかった。痛い。しかし女ってのは胸を押し付けているときそれを自覚しているのか? わざとか? 無自覚か? 神経は通っているのか? 亀の甲羅は神経が通っているそうだが。感覚はあるのかないのか。胸を押しつけられた男の心情は読み取れているのだろうか。
こけないように慎重に二十分くらい走ると城南島海浜公園に着いた。白い砂浜が広がり向こう側には羽田空港が見える。飛行機がえらく低空飛行をしているのが物珍しかった。
「こりゃすげえ。こんなところがあったんですね」
「きれいね」
城南島の海岸は人工海岸だが本物のビーチのようだった。潮風が心地よい。水平線を見ながら波打ち際で遊ぶとちょっとカリフォルニアに来た気分になった。行ったことないけど。風は吹いていなかった。真夏の日差しが僕のサヌークから出た足にジリジリと照りつけた。久遠さんの下半身の動きはつねにエロかった。彼女はジーンズの裾をまくって波打ち際でたたずんでいたが、
「暑いからあちらの桜の木の下のベンチに坐りましょう」
と言い、僕らはビーチの手前の離れ公園みたいになっているところの木陰に坐った。
「それで巻君。ギターは弾けるようになった?」
「AとDとEは弾けるようになりました。これで曲は作れるらしいです。ちなみにA7とD7とE7にするとシブくなることも分かりました」
「さすがね。兄は二日で根を上げたわ」
「これにあとBmとF#mが弾けるようになればいけます」
「素晴らしいわ。ねえ、それでどういう曲を作るつもりなの」
久遠苺は学校にいるときとは違い二人きりだと打って変わってよく喋る。
「そうですね。YouTubeでバズるようなやつを考えてるんですが中々参考になるような曲がなくて」
「YouTubeでバズって何になるの。本物の音楽をやらないと。画面越しで受けとる女の反応に意味がある? それに私はあなた自身の音楽をやってほしいと言ったの。妙な音楽を参考にしてもろくなものができないわ。三十秒聞いただけで良いと思えるような音楽は芸術ではない」
僕らは長い間語り合った。かいつまんでいうと久遠苺は僕に誰も聞いたことのないような音楽を作ってほしいということだった。というよりそういう気概で作った音楽じゃないと意味がないということらしかった。誰の真似でもない自分の音楽。それが結果的に何かに似ていたとしても。そして彼女は簡単に感動できるものは簡単に忘れ去られるという考えを持っていた。モテるには本物の音楽が必要だと。
「一生忘れられないようなものを作って」
暑かったのか久遠さんは髪をかき上げた。そのとき腋毛の剃り跡が見えた。おかし。国立大学に行ける学力の女も腋毛は剃るのか。いつ頃剃るべきだと気付いたんだろう。僕は私服の久遠苺と制服姿の彼女に共通点が見いだせなかった。
「何を見ているの」
「いや……、何も」
気がつくと日が暮れようとしていた。こうしてみるとどんどん暗くなっていくが一分間に何度くらい地球は回っているのだろうか。地球が一回転するのが二十四時間で角度は三六〇度だとすると?
「花火やらない? 持ってきているの」
相変わらず無表情に久遠苺は言った。女神レベルの女に海どころか花火まで誘われるとは今月の運勢は恐ろしいことになっている。
「公園事務所でバケツ借りてきます」
