「……ところでこのお祭りって、どこまで続いてるんですか?」
「えっと。川の向こうの神社まで、かな?」
「『神社』、ですか……」
都木先輩に質問した僕は。
ふと高尾響子と藤峰佳織のふたりを、思い出す。
「ねぇ。いまみんな。響子先生のこと思い出したでしょ?」
玲香ちゃんがいうと。
「『ついで』に、佳織先生もね……」
高嶺が余分な言葉を添えて、返事をする。
お前、バレたら英語の点数ゼロにされるぞ……。
「じゃぁ……。先生にお土産買っていく?」
「陽子先輩! お守りとか、かわいいの探しません?」
おいお前、頭の中は大丈夫か?
神社の娘に、お守りが土産になるのか?
「だってこの前、高校のときカバンにい〜っぱいつけてたって」
「そうそう! つけすぎてなんか、『親友』にあきれられてたって笑ってた」
……ん?
それって、藤峰先生のことだよな?
でもあの人、一緒になってジャラジャラつけてそうだけど……。
「まぁいいわ。ライバルの偵察だと思えばいいのね」
三藤先輩、妙なところでズレていませんか?
結局、お守りは買うんですか?
「ねぇ! あれ見て!」
い、いきなり耳元で叫ばないでくれ。れ、玲香ちゃん……。
「あそこ、和菓子屋じゃない? みたらし団子買いにいくっ!」
ワンピース姿は、極めて機動性が高いらしい。
「ちょっと、いきなりいかないでよ!」
ついでに、制服だと動きも軽くてよい。
三藤先輩が、急いで玲香ちゃんを追いかける。
「う〜ん。何本くらいなら入るかなぁ……? まだ他にもお店、あるよね……」
ブツブツいいながら、アイツが無限の胃袋のアップを始めて。
「……仕方ないなぁ」
春香先輩、いや(自称)姉もあちらにいってしまうと。
……都木先輩と僕のふたりが、残された。
「ねぇねぇ、すっごく美味しそうだけど、行列もすごいの!」
(自称)姉が、戻ってきて。
「先にいっといて!」
再び慌ただしく、消えていく。
あのー。
先にって、どこにいけばいいんですか?
まさか本当に、神社の偵察とかじゃないですよね?
「……えっと、確か花火」
おぉ、都木先輩っ!
なんかお祭りに花火なんて、夏の『定番』ですよね!
もしかして、先にって。
場所取りとかですか?
花火あるんですか、今夜?
「ここ、やらないんだよねぇ……」
えっ、そっちかい……。
……花火が、ないせいか。
それとも、ここも『あの』神社と同じなのか。
先のほうに向かうにつれて、人の数が減ってくる。
「どんどん人が減りますよね、って。あれ?」
いつもなら、スタスタ歩く都木先輩が。
なんだか歩みが、遅い気がする。
もしかして。
先輩もお団子、並んで食べたかったのだろうか?
神社、ひとりでいったほうが? だって偵察だもの。
「ち、違うよ! 足が、ちょっとね……」
そういわれて、あぁなんだ。
「下駄というか、前坪ですね」
「えっ?」
「鼻緒と、前坪です」
僕はそういって、少し脇に寄ると。
ふたりでちょっとしゃがんで、先輩の足元を見ながら話しを続ける。
「えっと。上から擦れると痛いのが鼻緒で。それで、この指のあいだに食い込んで痛そうなところが、前坪です」
サラリといってから、うわっ。
確かに、ちょっと痛そうだ。すいません、気づかなくて……。
「へぇ〜。鼻緒は知っていたけれど、そこを前坪っていうんだ」
先輩は、感心したように僕を見て。
「海原君は、よく知ってるね」
なんだかうれしそうに、ニコリとほほえむ。
いやいや。これはつい先ほど、仕入れた知識なので……。
……僕は、先ほどの列車の中で。
三藤先輩が、不機嫌ながらも。
高嶺の足元を心配していたときのことを、思いだす。
「このままだと、すぐに痛くなるわよ。ちょっと貸しなさい」
そういって先輩は、手際よく調整しはじめて。
「月子ちゃん、さすが」
玲香ちゃんが代表して、感想を述べてくれた。
「ほんとだ! なんか痛くないです!」
「走るのは、やめさないよ」
「もう走りませんってば! でも……。ありがとうございます」
「……そんなやりとりがあったんで、僕も初めて知りました」
「そ、そうなんだ……」
「いやぁ三藤先輩って、色々知ってますよねー」
そういって、僕は。
決して自分の手柄ではないんだと、説明したのだけれど……。
……その瞬間。
わたしの胸に、なにかが突き刺さった。
お団子の串じゃない。
もっと鋭くて、心の奥に突き刺さるものだ。
「ねぇ、海原君……」
「はい?」
「いまは、ほかの子の話題とか。出さないでもらえないかな」
しまった!
わたしは、口にしてから。
やや怒気を含んだセリフだったと、気がついた。
……彼に悪気なんて、一切ないのに。
「あぁ。すいませんでした……」
海原君は、バツが悪そうに笑ってくれたけれど。
……あなたはいま、いったいなにを考えましたか?
……都木先輩、機嫌悪いのか。
やっぱり団子、食べたかったのかなぁ?
それとも足が痛いのに、気づかず歩かせてしまって。ちょっと怒ってるのかな?
そこまでして、神社の偵察をする必要はないだろう。
素直に謝って、お店のほうに戻ろう。
お土産もなんとかなる、別にお守りじゃなくても大丈夫だろう。
なにより、みんなと合流すれば。
都木先輩もきっと、気楽になれるはずだ。
「先輩、足のことに気がつかなくてごめんなさい」
「あ、あのね……」
「戻りませんか?」
「えっ?」
「それで、みんなと団子食べませんか?」
……ちょ、ちょっと待って、海原君!
違う、そうじゃないの。
そんなんじゃないの!
たまたまだけど、いまはふたりなの。
ふたりで、いられるんだよ?
お団子は好き。
みんなも好き。
でもいまは、ふたりで歩こうよ。
いまにも歩いてきた道を戻りそうな、海原君を見て。
慌てて、わたしは。
彼のシャツの裾に、手をかけた。
だだ、少し遠かったのと。
慣れない下駄のせいで、バランスを崩しかけて。
……そのとき。
「先輩!」
「危ない!」
……あれ?
海原君と、海原君じゃない声がして。
海原君の腕と、彼よりもう少し太い腕が別々に。
……わたしの体を、支えていた。

