夕食の片付け、それから勉強を終えると。
社務所に移動した、わたしは。
美也ちゃんと、佳織先生を前に話しだす。
「あのね、先生。留学のことなんだけど……」
「うん、陽子ちゃん。やっぱやめとく?」
……わたしの目が、思わず点になる。
「どうしてわかったんですか?」
「顔に書いてあるわ、みたいな答えでいい?」
……なんだ、こんなにあっさりとしたものなのか。
正直ちょっと、拍子抜けした。
「ふつう、生徒の口から聞くまで待ちません?」
美也ちゃんが、先生にいうけれど。
「ま、結論同じなら、いいんじゃない? わたしも経験あるし」
先生がサラリと答えて、美也ちゃんがちょっと不服そうに頬を膨らませている。
「響子とね、陽子ちゃんのお家にいったでしょ?」
「はい」
「そのときに、この先もし心変わりしたらどうしましょうかって。お母さんに相談されたんだよね〜」
知らなかった! そんなこと、お母さん思ってたんだ。
「そういえばわたしも、陽子のお母さんに学校でなにかあったのって聞かれたよ」
「え? 美也ちゃん、なんていったの?」
「一緒に色々充実してます、って答えといた」
……ありがとう、少しホッとした。
「別にみんな、陽子ちゃんがどうこうなんて思ってないわよ」
佳織先生が、妙にかわいいウインクをしてから話しを続ける。
「成績も問題ないし。いきたければいけばいいって、応援してきたのは本当」
「先生、ありがとうございます……」
「でもほら、そんなの変わっていいのよ。若いんだしさ、あんまり実害だってないから、平気よ平気!」
そうか、『実害』か。
迷惑、かけちゃうんだよな、きっと……。
「うーん。飛行機代とか? キャンセル料が少々かかるかもねぇ」
うわっ! お母さんとお父さんに、謝らないと……。
「でも先方の学校には、別にわたしからのゴメンで済むわ」
ゴメンで済むって……。先生、いったい何者なの?
「あと、クラスの子たちとかも知らないでしょ?」
確かに部活のみんなしか、知らないけれど……。
えっ、もしかして?
「二学期始まってから手続きしても平気って、いってたのって……」
「わたしも昔、経験あるって。話したでしょ?」
なるほど、佳織先生のウインクって。
こういうときに見ると、ちょっと安心するんだ……。
「ねぇ先生、ちゃんと学校内では話しとおしてたんですよね?」
美也ちゃんが、まるでお姉ちゃんみたいに。
いまさらだけど、心配になったみたいで聞いている。
「どうにかなるから、まだだけど?」
「まだって……。それ、留学ちゃんといけたんですよね?」
「大丈夫! わたしのときの英語の先生、いまの校長だから!」
……なんだか色々、納得した。
そして、安心したら涙が出てきた。
ほんと、きょうはよく泣く日だ。
お母さんも、きっと佳織先生が自身の経験を踏まえて色々話してくれたから。
どう転んでもいいと思えるように、心の準備ができていたのだろう。
それに美也ちゃんが、本当はもっとわたしは平気だって伝えてくれていたはず。
あと、響子先生も。
なんかいろいろ、サポートしてくれてたんだろう。
「自分で前に進んだことに、無駄なことなんてなにもない!」
佳織先生が、得意げな顔をしてから。
「おかげで、英語力はかなり上達したでしょ? だからこの先のテストとかも、かなり期待できるかもよ〜」
なんだか、いい話も、打算的な話しもひっくるめて。
すべて前向きにしてしまう、この先生を。
この先わたしは、心から。
尊敬していこうと思った。
「……ところで。どうしてわたしもここに呼ばれたの?」
えっと美也ちゃん。それはね……。
「いよいよ、恋バナだねぇ〜!」
……あぁ、さっきのはちょっと訂正。
佳織先生って、ちょっとおしゃべりかも……。
遅くなりすぎないようにしなさいよ、とだけ告げると。
先生は一足早く、宿坊に戻っていく。
よし、ここは真似をして。
先生みたいに、直球勝負だ!
わたしは、美也ちゃんの顔をじっと見つめると。
渾身の質問を、一気にいい切った。
「ねぇ、海原君のこと。好きだよね?」
「陽子もでしょ?」
あぁ……。
いきなり、打ち返された……。
「……失恋して、留学じゃないよ」
「それは知ってる。だけど、失恋はしてないけど、譲ろうと思ったわけ?」
「えっと、譲るとかじゃないけど。離れようとは考えた」
「そっかぁ……」
告白までは、していない。
お互いそれは、わかっている。
「わたしたちより、ほかの子たちのほうが先に自覚しそうなのにね」
「ほんと、誰から見てもそう感じるのに。動き出さないよね」
きっと、いままで『彼』との接点がなかったぶんだけ。
わたしたちは一気に、それに近づいてしまったのだろう。
自分でも驚くほどスルスルと話しが進んで、そんな結論が出ると。
「なんか、早かったね」
そういって。思わずふたりで、笑ってしまった。
「……でね、美也ちゃん。わたしは決めたんだ」
美也ちゃんが、ゴクリとつばを飲む。
大丈夫だよ、わたしは誰の、敵でもない。
「海原君の、『姉』になる」
「えっ?」
離れたかったけどね、解決法がわかったの。
もうわたしは、誰の邪魔もしないと決めた。
そして、遠慮する必要もなくなった。
「彼の『姉』になるの。そうしたら好きではいても、恋することはないでしょ?」
……もう、恋するだけでは、終われない。
これがわたしの、『続き』の一歩だ。
「陽子は、すごいねぇ……」
美也ちゃんは、そういってくれた。
それから……。
「……わたしも。海原君が好き」
しばしの沈黙を破って、美也ちゃんが話し出す。
「告白する気はある?」
「そんなの、ないよ〜。わたしはもうすぐ卒業だから。仮に気持ちを伝えても、みんなの迷惑になるだけだと思ってるし……」
「美也ちゃん。それって、どういうこと?」
「だって……。すぐに一緒にいられなくなるし、みんなは一緒にいられるのに……。なんかそれって、悪いでしょ?」
あぁ、わたし。
美也ちゃんと、恋バナをしている。
しかもなんか、真剣だ。
「えっ、陽子どうかした?」
いつも追いかけていた美也ちゃんが、いまは『ただの女の子』になっている。
……だから、わたしは。
いまは、遠慮なんていらないと思った。
「だって、自分が勝つと思ってるの? 性格悪いねぇ〜」
「なにそれ? やっぱり、陽子キツくなったよね。海原君のいうとおりだね〜」
「違うよ。少し殻が破れて、素直にいえるようになっただけ!」
「そっかぁ。で、そうさせたのが……。ねぇ……」
……ひょっとして、美也ちゃんには。
悪いことを、したかもしれない。
結果的に、ブレーキを踏ませたのかもしれない。
でも、大好きな美也ちゃんだから。
伝えないわけにはいかなかったのだ。
「……美也ちゃんは、美也ちゃんの道をいけばいいよ」
「う〜ん。じゃぁそのとき陽子は、わたしの味方をしてくれる?」
……わたしは、正直に答えようと思った。
「わたしは『姉』なので、彼のベストを、そのときに真剣に考える」
美也ちゃんは、わたしの瞳をジッと見つめてから。
「そっか。なんかあっというまに、陽子に抜かれちゃったね」
そういって、少し哀しそうで。
でもちょっと、うれしそうな顔をしてから。
「彼のベスト、か……」
とても真剣な顔で、つぶやいていた。
さぁ、三藤月子、高嶺由衣、赤根玲香。
わたしはひと足先に、脱落したけれど。
気持ちを自覚した美也ちゃんは、相当強いよ。
それと、一番彼を大切にできる誰かに、伝えたい。
……どうか、この『姉』を越えてください。
わたしが恋した彼を、手に入れてください。
そして、お願いだから。
海原昴を、忘れさせて……。
……美也ちゃんと、久しぶりに手を繋いで歩いて。
少し眠たそうな雰囲気の宿坊へと戻る。
海原君以外のみんなに、留学をやめて学校に残ると伝えると。
真夜中の神社に、地響きのような音が響き渡った。
そして、また誰かが。
この日のことを、部活日誌にわざわざ残していた。
「陽子の反乱、無事収まる」
今回も、ご丁寧に前回とも字体が変えられていて。
犯人の心当たりが……。
わたしには多すぎて、わからなかった。


