「おはようございます!」
「おはよ〜! 由衣ちゃん」
「お、おはよう。由衣さん」
……いつもと違って、月子ちゃんのあいさつがぎこちない。
「ふ〜ん」
「な、なによ?」
「いいえ〜」
今朝の由衣ちゃんは、ちょっと楽しそう。
いや、優越感に浸ったような顔をしている。
「玲香先輩。それだと、なんかわたしの性格が悪いみたいじゃないですか?」
「えっ、聞こえちゃった?」
彼女はわたしをニコリと見てから。
「わたしはただ。月子先輩が、『きょうも』制服だって思っただけです!」
あぁ、由衣ちゃんがストレートに、感想をいってしまった……。
「それが、性格悪いっていうのよ」
「別に、事実を述べただけですけど?」
「ほんと、嫌味な子よね……」
「うーん、じゃぁどこかの先輩に似たんですかね?」
むすっとした月子ちゃんを見て、由衣ちゃんはご機嫌だ。
そう。
きょうは、日曜日。
わたしたち三人の、お出かけの日だ。
……実は金曜日の、帰り際。
響子先生がいきなり、来週から『合宿』をすると発表した。
「きた〜! 夏の定番!」
「ヤッタァー!」
由衣ちゃんとわたしが喜んで。陽子ちゃんも、ニコニコ拍手をする。
「えっ、合宿って……」
「もちろん、家から通っていいですよね?」
昴くんと、月子ちゃんがそういうと。
「なに、そのつまんない発想?」
由衣ちゃんが、すかさずいい返す。
「いや、だって……」
「わたしの家、すぐ近くなのよ?」
ふたりが、抵抗を試みようとしたけれど。
「でももう、佳織が親御さんには連絡しちゃったよ?」
「えっ……」
「嘘ですよね……」
「ま、そういうことで。文句あるなら、佳織によろしく!」
響子先生がサラリと、意義は認めないと伝えてしまった。
「佳織先生も参加っていうことは!」
「美也ちゃんも参加ですね!」
由衣ちゃんと、陽子ちゃんがハイタッチしながら喜んで。
「当たり前よっ!」
響子先生が、そう答えて。
ついでにわたしの手を取ると、四人でハイタッチを交わす。
……そして、その帰り道。
「玲香先輩。合宿用の服とか、見にいきませんか?」
踏切の前で、ワクワクした顔で、由衣ちゃんがわたしを買い物に誘ってきた。
「じゃぁ、日曜日でもいい?」
「もちろんです! やった〜!」
うれしそうな由衣ちゃんが、わたしに。
「あの……。陽子先輩も、一緒にいけると思いますか?」
そう聞かれて、昴君となにやら話している陽子ちゃんをチラリと見てから。
「土日で自宅に戻って、留学の準備するっていってたから……。また今度かな?」
少し迷ったけれど、事実なので代わりに答える。
「う〜ん、残念。じゃぁ、あとは……」
由衣ちゃんとふたりで、目が合って。
えっと……。
わたしたちが月子ちゃんを見ると。
意外なことに、月子ちゃんのほうが恐る恐る、という感じで。
「そ、その集まりに……。参加すれば、い、いいのよね……」
「えっ?」
「いいの?」
「な、なによ……。た、たまたま日曜日なのなら……」
「はいー、はい」
「一緒にいこうね、月子ちゃん?」
「だ、だから……。ぐ、偶然なのよっ!」
……とまぁ。
そんなことがあっての、日曜日。
由衣ちゃんとわたし、そして『制服姿』の月子ちゃんは。
一緒に買い物にいくため、列車に乗っている。
駅を出ると、リズミカルな音を立てて。
ガラガラの列車が、スピードをあげていく。
少し景色がひらけた場所にきて。
月子ちゃんは、頬杖をつきながら窓の外を見る。
その、長くてさらさらした黒い髪。藤色の瞳、白い肌。
なによりその仕草も、表情も。
……ひとつひとつが、わたしは綺麗だと思う。
トンネルに入り、車内の蛍光灯が窓に反射し、月子ちゃんの横顔が映る。
わたしがいうのもなんだけど……。
月子ちゃんって、本当に美しい。
ただ、なんだかこう……。
車内にこだましていたレールの音から、開放されて。
トンネルを抜けた先の、夏の日差しのまぶしさに。
思わず窓際から離れた『制服の』美少女を見て。
わたしは、確信した。
「ねぇ月子ちゃん。もしかして、私服で悩んでない?」
彼女の藤色の瞳が、少し大きくなって。
それからすぐに、穏やさを帯びた。
「……実はね、そうなの」
人間、誰にでも悩みがあるとはいうけれど。
その悩みを、あっさりと認められるその強さに。
……自分から口にしておきながら、わたしは少しだけ嫉妬した。
わたしは、月子ちゃんに『勝てる』だろうか。
そう思うと。彼女の魅力を引き出すことに、わたしは一瞬躊躇したけれど。
「やっぱり! それならわたしたちが適任ですね」
由衣ちゃんは。
わたしよりずっと、正直だった。
あなたは、月子ちゃんがこれ以上『強く』なっても。戦えるつもりなの?
……そうやって一瞬。
つまらないことを考えた自分を、反省した。
そうだね、わたしたちはもう友達だ。友達なんだ。
「そうだね、月子ちゃん。きょうはお洋服、いっぱい一緒にみようね!」
月子ちゃんは、ほっとした顔でわたしたちをみたけれど。
実は、このとき。
わたしは、あなたに。
なんだか。
また『差』をつけられたと、実感した。
「……こんなところがあるのね!」
駅ビルの中と、それに隣接したビル内のお店を回りながら。
月子ちゃんがその藤色の瞳を、キラキラさせている。
「なんかめちゃめちゃ、楽しそうですね」
由衣ちゃんはなかばあきれながら、残りは驚きながら口にする。
意を決して、わたしは月子ちゃんに質問してみる。
「ね、ねぇ。月子ちゃん。いつも私服ってどこで買ってるの?」
「『制服』のついでに下の階とか。あとは東京とか横浜に出かけたときかしら?」
そんな答えを聞いたわたしは。
転校の際に制服を買いにいったあの場所をまず、思い出す。
前の高校と違って、私立だから。
地方とはいえ『百貨店』と名のついた建物の、八階の売り場で採寸したあと。
お母さんといったのは……。
あ……デパ地下くらいか。
あの店のエレベーターの記憶を、わたしは必死に手繰り寄せる。
そういえば途中の階に『婦人服』とか書いてあったっけ?
わたしは、ちょうど目の前の壁にあるフロアガイドを見つけると。
そこに書かれた『レディス』の文字を見て考える。
意味はほとんど一緒のはず。
だけど、なにかが違う気がする……。
「ねぇ、参考までに。東京とか横浜って、どこで買い物するの?」
「母が、たまには都会にいきたいというので。年に何回か、駅前にある百貨店でお洋服を買ったりするのよ」
「うん、それで?」
「ついでにわたしも、少し違う階にいって。そこの店員さんがおすすめしてくださるのを、なんとなく買ってもらっている感じかしら?」
なるほど。
わたしには、感覚的にはよくわからないけれど。
そこで買っている月子ちゃんなら、想像できる。
「あのね玲香さん。近所のスーパーの衣料品コーナーにも、いいものはあるのよ」
えっと……。
なんかそれはそれで、イメージつかないけど……。
「デパートとスーパー、使い分けてるんだね……」
「だって、こんな『ファッションビル』とか、知らなかったもの」
うぅ……。
なんか月子ちゃんがいうと、昭和な感じしかしない。
「月子先輩、お金持ちなんですか? お洋服とか、高そう」
さすが由衣ちゃん、ストレート。
「いえ、ただ耐久性はあったほうがよいとは思うので。あとほら、着るたびにクリーニングに出すの、意外と手間がかかるじゃない?」
耐久性? 毎回クリーニング? なにそれ?
「だから、『制服』が便利なの。特に夏服なら、家で全部洗えるでしょ」
なるほどっていうか、発想がそれなのか……。
そこまでいわれると、どうしても気になることがあるんだけど……。
「……先輩、いったいいくつ制服持ってるんですか?」
おぉ、きょうの由衣ちゃんは偉大だ。
「毎日、変えても足りる分だけよ」
ダメだわたし、答えについていけない……。
「ただ、部活で週末も出るなら。もう少し増やそうかと母に相談していてね」
そ、そうなの?。
「そうしたら、一度友達に聞いてきなさいといわれてしまったのよ……」
なるほど、だからきょうここにいるわけだ。
なんだかわたしたち。
意外と、責任重大なんだろうか?
「……ねぇ先輩、家でなに着てるんですか?」
「学校のジャージよ」
「寝るときは?」
由衣ちゃんが、面白がってどんどん質問する。
「スーパーの衣料品コーナーで買ったパジャマよ。百貨店で勧められたシルクのものは、あまり得意ではないの」
「シルク、ですか……」
あらら。聞いておいて、今度はひいてない?
話しをきょうの買い物に戻そうと、わたしが聞く。
「結局、私服ってどれくらい持ってるの?」
「えっと、数はそれほどないわ。それに、どれも一年に一回くらいしか着ないから……。サイズがあまり合わないのよね」
思わず、由衣ちゃんとふたりで。
まじまじと月子ちゃんを見てしまう。
あなたのどこに、余分な脂肪とかあるの?
あっても困らない部分以外、どう見てもないでしょ……。
「もうわかった。とにかく、合宿の時に着る物見つければいいんだよね?」
「絶対、キレイ目ひらひらワンピースとかしかなさそうですもんねぇ〜」
「ぜひ、お願いします」
きょうの月子ちゃんは、素直すぎて怖い。
きっと、あまりに意味がわからなくて。
自分がなにを暴露しているのかさえ、わからないのだろう。
それか、むしろ……。
いや、まさか、ね。
昨日読んだ、漫画に出てきたみたいな。
月子ちゃんが、『恋する乙女モード』だとしたら……。
もう完全に、わたしも。
それにごめんだけど、由衣ちゃんも。
私服で、かわいさまでバージョンアップした月子ちゃんには。
敵わないかもしれない……。
「……ねぇ玲香先輩?」
「えっ?」
「何系に、変身させましょうか?」
やっぱり、訂正。
わたしも、由衣ちゃんのたくましさを見習わないと、ダメだよね。
そのあとは。
頭を完全に、切り替えて。
月子ちゃんを着せ替え人形にして遊ぶんで、とっても楽しかった。
三人で食べたクレープも、とってもおいしくて。
たくさん笑って、おしゃべりして。
わたしはこの時間が永遠に続いても、退屈しないと思った。
……でも。
でも、どうしても。
わたしはふとした瞬間に、意識してしまった。
この場にいない、『誰か』がいる限り。
永遠に三人仲良しのままでは、いられないのだろうと……。


