相手に伝わっているのかどうか、わからない。……というか、自分は何で初対面の男の子相手にこんな事を言っているのだろう。向こうから話しかけてきたとはいえ、こっちが大分変な人じゃないかと、少し恥ずかしさを覚えていると。
「そうなんだ。じゃあ、その事はちゃんと忘れないようにしていてね」
「え?」
「彼女と、少しずつ交流を深めていけば、きっと思い出せると思うから」
 次に瞼が開いた瞬間、その少年の姿が見えなくなっていた。
「……え?」
 急な事で呆気を取られる。それに、『彼女』?
「……今のは何だったんだ」
 まるで、あの少年は自分の事を知っている素振りがあるかのように言ってきた。これまた、変な出来事が起きた事で少し混乱しているのだろうと、それぐらいしか和也は理解が進まなかった。
 多分、疲れているのだろう。
 そう思って和也は改めて家に戻る事にした。多分、一日しっかり休めば治るだろう……。



  *

 昨日の不思議な……変な、出来事が気にはなるが、だからといって学校に行き忘れる。そんな事をするわけにはいかなかった。
 けれど、今日はずっと昨日のあの少年の事についてずっと考えていたと和也は思う。
『じゃあ、その事はちゃんと忘れないようにしていてね』
 忘れないようにしていてね? 急なこの言葉が頭に引っ掛かりを覚える。どうしても頭の隅に、集中をかき乱す様に現れてくる。昨夜、家に帰ってからずっとその事で頭を悩ませていた。
 あの少年は、自分の事を知っているかのような口ぶりだった。和也からしたらあの少年は知らない少年の筈なのに、向こうは知っている。有名人とか、そういうのなら当たり前の話ではあるが、自分はそういった類の出来事を持ち合わせていない。
 けれど、時間は立ち止まってくれはしない。色々と気になる事が多かったが、和也は学校へ行く準備を済ませて、そのまま向かう。

「それで、結局あの娘はお前の何なんだよ~!」
 教室に入ってすぐ、やかましく問詰られる。
「龍……だから、一体何なんだよそれ」
「冷たくあしらおうとしても無駄だっつーの! 昨日の事は忘れてないからなー!」
 話を終わらせたいけど、龍はやめない。
 龍がここまで必死になるのは、つまり嫉妬だ。龍は色んな女子と仲良くなろうと画策している所は結構見ている。……そして、その試みはいつも失敗している。
 そんな中、和也は女子と仲良く話しかけている場面を見た。龍の方から見ても、和也から見ても、その場面は特別なのだ。和也がそもそもの交友関係が広くない事を龍は知っている。だからこそ、知らない女子と仲良く話している場面は必死に問い詰めたくなる様な、衝撃的な場面だったと言う事だ。
「ノロケ話のないお前にまで、可愛い女の子の影がチラつくとか俺は何を信じればいいんだよおぉぉ~!」
「その信用なら、別に関係ないだろ……」
 その後、龍の友人が止めに入ってくれたから事なきを得た。彼は暴走しやすい面があるのだから、友人達も慣れている。
 和也とも普通に接してくれる相手ではあるが、龍程前のめりに交流するようなタイプでもないので、そこまで深い関係とは感じない……向こうがどう考えているかは知らないから適当な事は言えないが。

 そんな感じで、朝もそれなりに騒がしかったが、今日は意外な事があった。それは、昼休みに突然訪れた。
「隣いいか?」
「いいよ」
 そんな軽い会釈で、龍と……龍の友人が二人、和也の周りに集まって昼食を取る事となった。この学校には購買部があり、龍と友人の片方は購買で買ったものを昼食に、和也ともう一人の友人の方は弁当を持参して昼食に、という形になっていた。
「それでよ! あそこのゲーセンに凄い奴がいてさ……!」
 大体の話題は龍から振ってくる。そして、その話題を和也含め二人がそれに対しての感想等、そして残りの一人が内容をまとめる。と言った様な構図が自然と出来上がっている。
「マジか、そこまでの実力があるのは中々じゃないか?」
「結構やり込んでるんだな、そのゲーム」
「そうなんだよ! えーっとつまりだな……」
 自分としては凄く興味がある、という話題ではない。興味がないと言う事でもないけれど、何というか自分と遠い世界の話だ、と感じる事もそれなりではある。それでも、興味を持って調べた事もあり、龍の話題はなんとなーく付いていけている。
 それに、朝の件で釘を刺された事により、龍があの話題をぶり返さない事が幸いだった。といっても、龍は人の注意を聞けるから、悪かった事は素直に謝るし良くない事だと学んだら、絶対にその事をしない。