お、おいちょっと待ってくれよ~! と後ろから声が聞こえる。

  *

 そんな形で和也たちは教室へ向かう。
「それにしても、夏が終わって寂しいわ……」
「あんなに遊んでそんなに寂しいのか…?」
「そうだろ! たくさん遊べるのは良いだろ?!」
 龍は相変わらずだ。夏休みが終わった事に対する未練を漏らしている。和也の記憶の限りだと出会う度に何かしらで遊んでいた記憶しかないが……。ゲームしていたり、スポーツしていたり、寝そべっていたり……。
「それに! 疲れる事がないだろ夏休みは!」
「いや遊んだら疲れるだろ……」
 夏休みの良さを力説する龍を他所に和也は少し引き気味ではあった。
 けれど、何となく離れようって気にはなれないとは思いはした。

 教室に着いた後もいつもと変わらないまま。龍やそれ以外の友人と他愛のないような会話をしていたり、授業の準備を行っていたり……だ。別に特筆する事はないだろう。
 放課後の龍の勉強の手伝いは、その中だとちょっと特殊だろう。何時間にも渡って勉強の面倒を見る事になるから、どうしても帰りが遅くなる。
 こういう展開がある度に、徒歩で行けるような場所の高校にしておいて良かったと思う自分がいるわけなのだが……そういう事は考えないでもいいだろう。とにかく、放課後の勉強の手伝いをしている訳ではあるが、早めに終わらせておきたいとおも考えている。
 というのも、無駄に一つの問題に時間を掛けるような場面を見ているとスムーズに問題を解けるようにはしておきたいという事ではあった。それで、昼休みは事前に図書室へ向かって勉強の整理に向かおうとしていた所だったのだが……。
「あ、あれは……」
 図書室に向かう途中、たまたま通った家庭科室の横。そこには、思わず足を止めるような相手が家庭科室の中にいる事に気づく。凛がいた。
 何かに集中しているような様子の凛は、こちらに気づいてもいないようだった。
 窓越しからは何をしているのかはわからない。少し様子は気になるが、わざわざ声を掛ける程でもないとは思った。だから、そのまま家庭科室を通り過ぎて行く事にした。


 図書室で事前に行っていた準備を終えた後、元の道を辿るようにして教室に戻る事にした。その途中で、家庭科室の前を通る直前に、家庭科室前のスライドドアが開く。
「あっ」
 家庭科室から出てきたのは凛だった。
「あ、伊豆野……さん」
 少し、呼び方に迷ってしまった。凛の表情は何かに気づいたように目が少し大きく開く。
「あ、もしかして呼び方に悩んだ感じかな、高野くん」
「いや……ま、まあそうだけど」
 真っ先にその事を指摘されて和也は少し恥ずかしくなる。そんなにわかりやすい感じだったのかとは思いながらも、疑問にしていた事について触れる。
「伊豆野さん……はどうしてここに?」
「私? 私は部活動だね。手芸部なの」
 あっさりとした口調で、そう答える。と、なると次の疑問が。
「まだ昼休みだし、部活動の時間ではないと思うけど」
「まあそうなんだけどね。でも、出来れば空いている時間にしておきたい事があって……今年の文化祭の準備が主にしていた事なの。私が立候補して準備のリーダーを担当してるの」
 文化祭……そういえば、後一、二カ月もすれば、開催される時期だ。
「そうか。文化祭の準備……」
「うん、そう……ごめん、高野くんもだろうけど、急いで教室戻らないと」
 彼女にそう言われて、そういえば昼休みはそろそろ終わり、午後の授業が始まる時間である事に改めて思い出す。
「あ、そうだ。じゃあ行こうか」
「うん」
 そうして、和也たちはそれぞれの教室まで戻っていった。その際、凛から和也のクラスの隣のクラスである事を伝えられた。

  *

「あ~! 全然終わらねえよ、これ!」
「そりゃ簡単に終わるわけ無いだろ。あとそんな大声出したら目を付けられるぞ」
 龍が悲鳴をあげながら勉強に勤しんでいる様子を見るのは最早恒例といっても良いだろう。こうも、毎日同じ様な光景を見ていると、少し飽きてくるような……。
 そんな風に、和也は龍の様子を眺めながら、彼に分かりやすい様に問題の解き方を少しずつ教えている所だった。
 最早、恒例行事と言わんばかりに周囲の反応は薄い。利用者や管理をしている人は殆ど固定なためが故なのだが、マナー的にはどうなのだろう。
「……あ、そういえばお前!」
「なに?」
 不意に龍が何か思い出したかのようだ。急に肩に龍の手が力強く置かれる。
「教室から戻ってくる時、女子と一緒だったよな?!」
「っ今そんな話してる場合か?!」
 一瞬喉が詰まるが、何とか話を逸らせようとする。
「おっと? その反応、やっぱりあの女子と!」
「待て待てっ! 今そんな事してる場合じゃないだろ!」