記憶の中の彼女

 そうして、静はこんな提案をした。今の内に、未来の凛に渡す手紙を高野に自分があって預けてもらう事でその出来事に対して出来る限り説得を付けようという事だった。そして、その出来事を確実に思い出すために彼が凛と初めて出会った時をトリガーとして、その日が近づくにつれて段階的に記憶を思い出させようという考えだった。
「なるほど……君がそうしたいなら、それもしよう」
 そして、最後に少年が託した事と合わせて最終的に契約が成立した。静は最後にこう言った。
「後の事は、お願いするわ」


「そして、無事にあの石で回避できたという事だね……」
 少年が和也に渡した石は、静の強い意志を秘めていた。あの石は、少年の力と合わせて強制的な力を消してしまう代物となっていた。
 あの火に和也が投げ入れた事によって、その石は役目を果たして消えてしまったが。
 これは、少年があくまで人間の力でなら回避できる可能性があるという、仕組みを逆手にとって静に強い願いをあの石に封じ込める様に願った事だった。
 あそこまで、意志の強く誰か大事な人のために行動できる人を見たのは中々無い。
「大丈夫、これで悲劇は起きなくなった」
 後は、火事の悲劇を回避した後の二人の様子をこっそりと見てみようと少年は考えた。

  *

 凛の反応を見た和也は、そうだったのか……と思う。
「ど、どうして……和也くんがこれを」
「俺……凛のお姉さんと会った事があるんだ」
 和也はそう答えた。
「結構前……一人、公園で遊んでいた時だったかな」
 そうして、和也は凛の姉と出会った時の話を少しずつしていく。大事な人に、渡して欲しいと言われて渡されたその封筒は、彼女に姉からの贈り物だとわかる様にわざわざパンダ柄にしていたようだった。
「そう、なんだ……」
 凛は混乱している様子なのか少し、声に覇気がない。
 和也としても昔、凛の姉と出会った事があるという事実は衝撃的な事だった。少年の言っていた人はもしかして、凛の姉の事だったのだろうか。
「その封筒、中に何か入っていると思う。凛に当てたものだと思うから、見てみた方が良いよ」
「……それも、そうだね」
 凛は封筒を開ける。この封筒、折り紙で折ったものなのは凛が準備の時に見せてくれた同じものからわかる。
 この会話は、人がいる所ではできなかったなと和也は内心思う。
 そして、凛は封筒から何かを取り出した。それは、折りたたまれていて広げると四角形の紙になった。
「何か、書いてる……」
 凛のその言葉を聞いた和也は手紙だと理解した。
「読んでみよう。今、ここには俺たちしかいないから大丈夫」
「そ、そうだね……えっと……」
 そうして、凛は手紙を読み上げ始めた。


 凛へ

 最初に、私はあなたに謝らなければいけない事があると思います。
 この手紙を読んでいる時、あなたの目の前に私がいないという事です。
 
 これだけは、私にもわかっていました。
 けれど、だからこそ言わせてほしい。私がいなくても、前向きに生きてほしい。
 これからも楽しい事や辛い事がたくさんあるけれど、それでも前向きに生きていてください。だって、私にとってあなたは大事な、大事な妹だもの!

 だから、笑顔で生きていてね。

 静 より

「……お姉ちゃん、ありがとう」
 和也は手紙を強く抱きしめる様に握る彼女を見る。凛は涙を流していた。
 きっと、この手紙が贈られるまでに長い時間があった。多分、お姉さんはいつかこの手紙を渡したかったのかもしれない。自分が、この世からいなくなった後も凛に強く生きていて欲しいという願いがあったのだろう。
「本当に……っ、ありがとう……っ!」
 この手紙に書かれた想いを凛は、きっと汲んでいる。
 本当に大事な妹のためだけに宛てた手紙だったというのが和也にも伝わった。

  *

 しばらく落ち着いてから、和也と凛はまた文化祭巡りを再開していた。
 あの手紙を読んで涙を流していた凛は、すっかりと笑顔で文化祭を楽しんでいる様子だったからなんだか不思議な気分だ。同じ日に見せる表情とは思えなかった。
 けれど、あの手紙を読んだからこそこうして笑顔を見せているのだという事も理解できる。
「お~い和也……と凛ちゃん! どうだ~! 楽しいか~!」
「あ、城築くん! もちろん、楽しいで~す!」
 たまたま行ったグラウンドで遠くから龍に大声で呼びかけられる。凛は、その呼びかけに答えて応える。
 和也は正直、恥ずかしかったのはここだけの話にしておいて欲しい。
 グラウンドでは基本は食べ物の屋台がメインで出店されている。食べ物を作って販売しているのはこの高校の学生たち。それぞれのクラスで担当を決めてこうして出店されているという形だ。
「和也くん」
「ん、何?」