記憶の中の彼女

 すると、彼女はそう言われた時に心配そうな顔が一瞬で不思議そうな顔になっていた。
「……えっ、何が?」
「いや、さっき火事が」
「……? ちょっと待って」
 和也が火事の事に言及すると猶更、凛は不思議そうな顔になっていく。和也が、次の発言をする前に彼女はこう答えた。
「火事ってどういう事?」
「えっ……」
 予想外の言葉に息が詰まる和也は、周囲を見渡す。そこから見えたのは、何事も無く皆で集まっている手芸部の皆と先生……和也は、そこで何かを察した。
 もしかして、時間が巻き戻っているのか?
「高野くん、どうしたのかしら……もしかして疲れて……」
 先生がそんな事を言うから反射的に「疲れてないです! 大丈夫です!」和也は答えた。とにかく、この光景を見てわかったのはさっきのストーブが使えない、と先生に伝えられたタイミングである事が理解できた。
 しかし、和也には直前で突然起きた火の中にあの石を投げ込んだ記憶がある。流石に二度も時間が巻き戻る体験をしたら、すんなりと受け入れられてしまっている自分が怖い。
「……まあ、高野くんが大丈夫なら。とにかく、ストーブは残念ながら使えないので急いで作業を終わらせましょうか!」
 先生がそう宣言したのを皮切りに手芸部の面々は持ち場へと戻っていった。
「高野くん……あの、ちょっと良い?」
「……あ、伊豆野さん。どうしたの」
 凛が何やら深刻そうな顔で、何かを伝えたい様な……そんな風にソワソワとしている様子を見た和也は、一体何だろうと思いながらも凛に聞いてみる。
「突然なんだけど、これからは和也くんって呼んでいいかな?」
「……えっ?」
 突然の提案に、和也はたじろいだ。というか、わざわざ宣言してもらうまでの事なのか? という気持ちにもさせられる。
「何というか……私たち、ずっと他人行儀過ぎたかもって。だって名字呼びだもん!」
「そう……だったね」
 確かに、会ってからずっと名字呼びではあったが……。
「これは、私のエゴかもしれないけど……私は和也くんと、もっと一緒にいたいなって!」
「えっ」
 それは、急な告白だった。
「ちょっとせんぱい~! そこは仲良くなりたい、とかそんな事を言うべきだってぇ~!」
 遠くから見ていたのだろう。和多利が野次を入れてくると、凛は反射的に「ちょ、ちょっと! そういう事を大声で言わなくていいの!」と大声で反論してくる。
 そうした会話が耳に直接入ってくる。
 もしかしたら、凛は最初に出会った頃からずっとこちらの事を気にかけてくれていたのかもしれない。それは、和也としても同じだったかもしれない。
「伊豆野さん」
「はっ! な、何かな」
 自分が彼女に呼びかけた時改める様にシャッキリと背伸びをして綺麗に立つ凛を見ると、何だか可笑しい気持ちになってしまう。
 けれど、この事は真面目に伝えないといけないと。
「もちろん、その呼び方でも良いよ。でも、それなら俺も凛って呼んでいいかな?」
「……」
 和也が、そう答えた瞬間凛は目を少しずつ見開き始める。すると、突然何かを恥ずかしがるように「えっ、えっ」と鳴き声の様に動揺したような声を出す。
「だめ……かな」
「う、ううん?! 全然、駄目じゃないから!!」
 取り乱す凛を見て、和也は少し笑った。
 つまり、だ。これはあの悲劇を回避できた……という事で良い、良いんだろう。
 和也はその事が、本当に嬉しかった。安堵した気持ちも生まれた。こうして、話せて涙が出そうになるくらい昂っていた。


「準備……やっと終わったね」
「そうだね……」
 改めて、二人で手芸部の催しに生まれ変わった家庭科室を入り口前で見てそう思う。あえて皆がやってみたいテーマを尊重してバラバラにテーマ毎の展示をやってみたもののこれが案外上手くはまっていた。
 明日の文化祭、見に来てくれた人がどんな反応をしてくれるのか楽しみだと凛は話していた。
「なんだか、あっという間の様で長かった様で……不思議と感慨深いよ」
「そうなんだ。ふふっ、私も」
 今、この場にいるのは和也と凛の二人だけだ。先生は他にやらなければいけない事があると話して先に出て行ってしまったし、和多利を始めとした他の手芸部の部員たちももう既に帰っている。
 だからこそだ。和也はこのタイミングで切り出さなければいけない話が凛にあった。
「凛」
 その名前を呼ぶ。なんだか、その名前を呼ぶと少しむず痒い感覚が出てくる。
「どうしたの?」
 笑顔で、聞いてくる彼女に対して和也ははっきりと切り出したい話をする事にした。
「明日の文化祭、一緒に見ない?」
 この言葉には色々な意味がある。
 一番は、彼女と一緒に文化祭を回りたい気持ち。どうせなら、誰かを誘って行きたい気持ち。そして。