記憶の中の彼女

 そこに先生がやってくる。と言う事は、ストーブを調べてもらった件は済ませてきたと言う事か?
 和也は、先生の声とともに意識をそちらに向ける。家庭科室の中に入ってきた先生は、皆が見える位置まで歩いて立つ。
「実は、使おうと予定していたストーブ……ちょっと使えない状態だって管理してる人から言われて」
「えっ」
 それを聞いた時、和也の内心は少し落ち着きが無かった。
 やはり火事の原因はストーブだったのか? けれど、これで回避できたのだろうか? もし、ストーブが原因なら回避できた?
 そうした、様々な気持ちが頭の中を駆け巡っていく。
「他の部屋のストーブの使用許可も今からだと下ろすのは難しいとの事で、残念ながらストーブなしで作業を継続する事に……」
 ええー、と皆クレームを上げる様に一斉に声が上がった。
 けれど和也はそれすら遠くから聞こえるぐらいには気持ちに落ち着きが無かった。
「……高野くん、大丈夫?」
 凛が声を掛けてくる。どうやら、和也の様子が少しおかしいと察した様で、その声音も表情もかなり心配そうにしているのが和也から見ても取れた。
「ごめん、大丈夫だけど……ちょっと一人にしてもいいかな」
「う、うん……」
 凛は、歯切れの悪い返事をして部屋を出て行く和也を見送る事になった。

  *

 少し離れた通路で和也は一人佇んでいた。
 窓がない場所にいたので、少し風が通る。そしてその風は冷たい。気温の低さも相まってちゃんと暖かくしないと風邪を引いてしまうそうだ。
 そんな場所で和也は一人で色々と整理をしていた。
 あのストーブが使えない、という話を先生がしていたのを聞いた時、和也は内心安堵した気持ちとこれで本当に回避ができたのか、という疑問が合間にせめぎ合う様な状態になっていた。
 こういう時、あの少年が目の前に現れたら多分火事が起きる未来を回避できたかどうかを確認できたのだろうけど……。しかし、一方であの少年は深く関わってはいけない、というこちらの事情でヒントだけを残してあの場に現れたと言っていた。
 正直、その話から考えるに都合の良いタイミングで彼が現れて火事の未来を回避できたか否かを伝えてくる可能性はかなり低いだろう。
 と、なると……だ。
 和也が今、するべき事は一体何だろうか。
「……あっ」
 あの少年が現れた、あの時の事を振り返っていた最中に和也はあの少年が気になる事を言っていた事を思い出す。

『まず、漏電による火災を回避させると恐らく何かしらの運命的な干渉が起きて自然発火が起きる可能性がある』

 そう、あの少年は確かそんな事を言っていた筈だ。
『だから、君に伝えたい事がある。君がなんとかして時間を稼げれば……この悲劇を回避する事は出来る筈だ』
 そして、和也に説明をして渡してきた不思議な彫りが入れられた丸い石だった。あの少年はこれを無理矢理起こされた火の中に投げ入れると良い、と話して渡してきたのだ。和也はあの石を……通学カバンの中に入れている。
 そして、そのカバンは家庭科室に置いていったままだった。
「……?」
 その時だった。
 何だか、家庭科室の方から声が聞こえる様な……? それも何か悲鳴様な。
「キャアアアアァァァ!!」
「!?」
 ハッキリと悲鳴が聞こえた時、和也は真っ先に家庭科室の方へと走り出していた。まさか、まさか、まさか。その時が来てしまったというのか。
 こんなにも冷えた空気なのに汗がべったりと制服に付き始めている。けれど、このまま放っておくわけにはいかなかった。和也が急いで家庭科室へと向かっていく。部屋に近づけば近づく程、うっすらと煙が見えてきている様に思える。
 ……まさか、本当に火事が起こってしまったのか?!
 今、和也は顔面蒼白な状態になっているだろう。そんな中、家庭科室のある廊下の通りまでたどり着く。
 家庭科室の窓からは、赤い何かが見えていた。


「あっ……あぁ!」
 その光景を目にした時、和也は気が動転している状態になっていた。
 自分がまた、離れている内に火事が発生した、このままだと……! けれど、和也は何とか気持ちを落ち着かせようとした。もし、ここでパニックになったらそれこそ本当に悲劇を回避できない。
 現状、火災警報器が動いている様子は見えない。つまり、まだ火が出始めたばかり……。和也は急いで家庭科室の中を確認する。
「何があった?!」
「た、高野くん!」
 急いで駆け付けた和也の存在に気づいた凛は、かなり慌てた様子で彼の方へと駆け寄る。
「と……突然、火が燃えあがってきて……! 今、皆パニックで……!」