記憶の中の彼女

「そう。火元になった教室にどうも壊れているコンセントがあったみたいだ。それが火事の原因になったという事になる」
 つまり、何かしらの原因で漏れ出た電気が火事を引き起こす原因になったと言う事だ。と、なると……。
「まず、この原因については君が行動をすればどうにかなるだろう」
「そ、そうか……ん? 待って」
 この原因について……。少年はそう言ったのだ。つまり、何かあると言う事なのか。
「君が考えている事はわかる。確かに、漏電も原因にはなるのだけどもう一つ、あの火災を避ける上で気になる事がある」
「それは……?」
「まず、漏電による火災を回避させると恐らく何かしらの運命的な干渉が起きて自然発火が起きる可能性がある」
 あまりにも淡々とした説明だった。けれど、和也はその自然発火が何なのかを考える。
 あの日、校舎が火災に見舞われ凛……それ以外にも何人かがその火事が原因で命を落とす。つまり、運命的な干渉というのは。
「その日、本来死ぬ原因になる火災が起きなかった場合、無理矢理にでも火災で命を落とさせようと……?!」
「そう。死の結末を強引に行おうとしてくるだろう。その場合、君……いや、僕みたいな立ち位置の人間でもないと覆すなんて事は限りなく無理だと考えても良い」
 その原因さえ潰せばいいだろうけど、簡単ではない……と言う事なのだろうか。
「だから、君に伝えたい事がある。君がなんとかして時間を稼げれば……この悲劇を回避する事は出来る筈だ」
 そうして、少年はその方法を伝える。

「……これを火に投げつけたら良い、と言う事?」
 その説明を受けた後に、少年から渡されたのは彫りが入れられた跡のある丸い石だった。その彫りの部分だけ何かモヤモヤとしたものを感じる。
「そう。この石は……火に投げつけたら良いだろう」
「本当に上手くいくのか……?」
 本当に効果が無かった場合これは完全に意味のない行動だ。とはいえ、この方法を伝えたのは神に近い立場の目の前にいる少年だ。疑わしくても、最悪いちかばちかでこれを試すしかないだろう。あの火災を知っているのは、この場にいる二人だけであると言う事。少なくとも、他に知っている人を和也は知らない。だから、和也はこれから行動をしなければいけないのだ。あの火災を止めるために。


「これで伝えたい事は全て伝えられたと思う」
 少年は、そう言うと和也の横を通り過ぎて扉の先にある玄関へと歩き出していく。
「これ以上の事は関わってはいけない。だから、君がどうにかするように……あ、最後にこれだけは伝えないと」
「……最後に?」
 重要な事を忘れていた、と言わんばかりにその少年は和也の方に向き直した。
「一度、時間を巻き戻しているけどこれは契約上一回限りしか使わない、という制約の上なんだ。つまり、今度失敗したら二度と時間を巻き戻す事はできないと考えて欲しい」
「……!」
 確かに、少年の視点から見れば時間を巻き戻すなんて事を何度もやるなんて事は関与に度が過ぎているだろう。けれど、それを伝えられた時和也の中では緊張が走った。
 もし、上手くいかなかった時……その時はどうなるのだろうか?
 回避のヒントこそ、伝えられたもののやはり上手くいく自信がない。それを見越したのか、少年は薄く笑う様子を見せた。
「けど、君なら出来る筈だよ。少し無責任に見えるかもしれないけど……君なら出来ると思ったからこんな事を頼んでいるんだ……お願いだ、彼女のためにも」
 穏やかになだめる様に、そう言うと少年は今度こそ扉の方へとむき出して玄関の方へと歩き出していった。扉は少年が通り過ぎると、勝手にしまっていった。

 その時、和也は何かの違和感を覚える。そして、時計を見ると針は五時五十二分を指していた。いつもより早い時間に起きていたのか、と和也は驚く間もなくまた扉が開かれる。扉からやってきたのは、母だった。
「和也、もう起きてたの」
「あ、まあ……そうだね」
 少したどたどしくなりながらも、そう答えた和也だったが、それ以降は早かった。部屋に準備に戻っていつものように朝食が出て、それを食べて……少し、両親との会話もしたけれどとりあえず先ほどまでとは打って変わって特に変わりのない時間だった。
 けれど、あの少年が先ほどまで話した事は忘れない。こっそりポケットにしまっていた、渡された石を力弱く握りしめてそう、思った。

  *

「え、手伝ってくれるの?」
 放課後、部活に向かおうとしていた凛を引き留めた和也は早速、前日の準備に参加したい旨を告げる。
「やっぱり、最後の最後でいないのはおかしいかなって」
 本心だった。勿論、もう一つ理由はあるのだがそれを凛に言ってもおかしい事を言っているとしか捉えられないだろう。
「そっか……でも、何だか悪いよ……」