記憶の中の彼女

 一階に降りると、ある事に気づく。いつもならキッチンから音が聞こえるのだが今日はそれが聞こえない。つまり、キッチンにいる筈の母がいない様だった。今日は珍しく寝坊したのか? と和也は思ったのだが、どうもそうではない。
 直感的ではあるのだが、和也はどうもリビングに人がいないわけではない事は感じた。父……はどうだろうか。恐らく、キッチンから音が聞こえない以上父親だろうと和也は考えた。

 けれど、部屋の扉を開くとそこには予想だにしない相手がいた。

「来たね」
「……え?」
 和也はそのリビングで、違和感なく部屋に溶け込んで椅子に座っているその人物に驚く。その人物は、度々公園等で出会った……あの少年だった。
「君は気づいていないけど時間は止まっている。説明のために、僕が少し操作しているから解除の時に影響はないよ」
「ま、待って。色々聞きたい事があるけど」
 今、ここで気になる事は少年が何故、普通に和也の家にいる事だったのだが。
「もちろん。君に合わせて少しずつ答える。ただ、僕がこの場から離れても君の生活には影響がない事は伝えたくてね」
「は、はあ……」
 改めて、彼の様子を見るとやっぱり一般的な子とは少し違う様な……。それ以前に何故この家に居座れているかの方が意味は分からないものの、彼の容姿的に違うと感じられるのは、一番は髪だ。
 髪が妙に白く見える。多分、白髪とかそういうタイプではないとは思う……と和也はなんとなく考える。
「とりあえず、今一番説明をしたいのは僕が何故君に何度も出会ったのかと言う事だ」
 すると、少年は驚く事を口にする。
「僕は、君に伊豆野凛が火災で命を落とす、という事態を避けるために行動をして欲しいんだ」


「え……それって」
 そう。少年が言う事が本当なら、先ほどまで和也が見ていた光景は……、
「そう。恐らく、君が考えている通り先ほどまで見ていたのは夢ではないよ。文化祭の前日の夜、間違いなく高校で火事が起きて伊豆野凛はそれが原因で死亡する」
 少年はあっさりと、そう答えた。あの光景は現実に起きる事という事だ。そこで、和也は疑問に思った事を口にする。
「けど、すぐに確認したけど今日は文化祭の前日じゃないんだ。それは一体……」
「それは簡単な話。僕が時間を巻き戻したんだ」
 簡単にそんな事を言ってのけた。
 けれど、ここまでの出来事から通じてその少年にそんな事ができてもおかしくはないと感じられる。自分が将来体験する事を先回しするようにヒントを伝えて行っていたのだ。……となると、その日になるまでに何回も和也の目の前に現れたのは。
「……素直に信じてくれている、みたいだね」
「そりゃ……ここまで君絡みで変な現象に遭ったら……というかちょっと待って」
 そこで、和也は一つ解決方法に気づく。
「時間を巻き戻せるとか、そういう事ができるなら、君が解決すればいいんじゃ」
「残念ながら、僕が干渉するのは駄目だ。時間を巻き戻すようにしたのも、君があの日の記憶を凛との出会いをきっかけに鮮明に思い出させる様にしたのも、彼女との契約で特別に行った訳だから」
 即答で、駄目だと切り捨てられる。それに、彼女との契約とは……?
「け、契約って」
「……詳細は、この問題を解決してからわかると思う。まずは説明を優先させてほしい」
 少年が言う事は間違いなかった。彼は、知っているのだ。今までから、この状況に至るまで。和也は何も返さなかったのを見ると、少年は説明を始める。
「まず、僕は潟ケ谷神社に祭られる神……に近い存在なわけだ。今日は説明のためだけにわざわざ来たけど、本当は神社の周辺にしかいられない」
「……そ、そうだったのか」
 つまり、今まで神社の周辺……神社と公園に現れていたのは普段は神社から離れられないからだと言う事だ。説明のために来たというのも多分先ほど話していた事……契約での特別な行動、と言う事だろう。
 そして、少年が明らかに一般的な存在ではないというのも神とか、そういうのに近い存在であると言う事を考えると和也は腑には落ちないもののまだ理解できた。突然現れて、突然消えるなんて芸当が一般人に出来るとは到底思えないからだ。
「そして、僕が何故こんな事をしているかというと……ある人に頼まれて、契約という形で今年の三十木高等学校の文化祭の前日、火災によって伊豆野凛を始めとした何人かの生徒が亡くなる、という出来事を回避するための手助けという訳だ」
「ま、待って」
 そこで、和也は引っ掛かる。まず、そんな大事が起きると言う事は間違いない。けれど、これを自分に説明しているという事は目の前の少年は自分にこれを回避させるように、と言う事になる。
「まず、そんな大事のために俺が選ばれたのって何?」