記憶の中の彼女

 秋も中盤になり、暗くなるのも早くなっている。少し前なら夕日に照らされていた時刻だっただろうに、今となっては大分暗くなってきている様子だった。街灯が付いている様子さえ確認できる。
 和也はさっきまで歩いていたその道を戻りながら、また同じあの少年の言葉の事を考えていた。……やっぱり、気になる。

 そこに、スマートフォンから通知の振動が鳴る。

 和也は考えている最中に割り込んだその通知に少し驚きながら、なんとなくその通知を確認する。すると、画面に表示されたのは凛からの着信。
「……?」
 何故このタイミングで伊豆野さんから? と怪訝に思いながらも、和也はその電話に出る。
「もしもし」
「……け……て」
 あまりにもぼやけた音声が聞こえてきた時、和也は理解ができなかった。
「……は?」
「……が……て……!」
 電話の向こうから聞こえる彼女の声は、どこか力がない様子で、殆ど聞き取れない。和也はそれを認識した時、ただ事ではないと感じた。
「待って! 急いで行くから!」
 そして着信を切ると、和也はすぐに凛がいる場所……さっき出たばかりの高校へと戻って走り出した。

 和也が高校へ戻っていく最中、パトカーや消防車が高校の方角へ走り去っていく姿を見てただ事ではない、という直感を和也はより確信させていく。なんとかして早く、高校へ戻らないと、と一心不乱に激しく動いて疲れつつある足を無理に動かして走る。
 その足が、本当に限界を迎えそうなぐらい走り続けて辿り着いた高校の前。ぜぇ、はぁと絶え絶えになった息を吐いて、吸って整えて顔を見上げた和也の先にあったのは。
「……嘘だろ?」
 多数の見物客がいる、そしてその奥には消防車等が見える……そして、その更に奥にある高校が赤く染まっている。
 赤く染まっている、と言っても夕日などではない。それに、もう空は完全に真っ暗となっていて、夕日は全く見えない。……高校が、燃えていた。
 和也の目の前に映っていたのは二、三階で激しく燃えている校舎の様子だった。

 目の前で、起きている光景が信じられなかった。
 和也の記憶違いで無ければ燃えている場所は、家庭科室辺りだった記憶がある。と言う事は……?
「い、伊豆野さんは……?!」
 和也は思わず、高校へ向かおうとするがそれは阻止される。
「君、危ないから下がっていなさい」
 服装からして、多分警察の人……だろう。和也は何故、と沸々の怒りが湧きそうになったが、そもそもこんな緊急事態で警察が来ているのはおかしくないし、それに……一般人でしかない自分が現場に入れないのも、当然だろう。
 和也は冷静にこの状況を考える。周囲の景色が認識できなくなるくらいには、自分の世界に入っているくらい。
 声が聞こえてくるが、それどころではない。家庭科室の辺りが燃えているというと凛も……手芸部の皆も、不味い状況に置かれているのでは? まさか、
『それが、君にとって運命の時なんだ』
 その時、あの少年の言葉がフラッシュバックした。
 あの少年は、もしかしてこの事を伝えようと――

  *

「うわあぁ!」
 和也は思わず上半身が飛び上がる。目の前に広がっていたのは、いつも朝見る光景。
 自分の部屋にいる事を理解するのには、時間が少しかかった。
 先ほどの光景を見て荒れた息をゆっくりと整えると、
「……夢?」
 真っ先に、そう呟いた。おかしい。先ほどまで、目に見えていたのは高校が火事になって、それで警察や消防が来て周囲を封鎖して。そして、その周りには騒動を聞きつけた人々が集まりつつあった、そんな光景。
 和也は、そんな光景を思い出して「時間!」と慌てて勉強机に置いてあったスマートフォンを手に取って、電源を付ける。そこに表示されていたのは。
「は……?」
 スマートフォンの日時に表示されていたのは、文化祭の日でもその前の日でも無かった。……文化祭の日から見たら、二日前に当たる日付が表示されている。時間帯は午前六時五十八分。
「やっぱり……夢?」
 けれど、先ほどまで和也の目に映っていた光景が夢だとはとても考えられない。あの火災が……現実の光景ではありませんでした、というにはイマイチ信じられない。先ほどまで、家に帰ろうとして。その途中で凛から明らかな異常事態の電話が流れて、そして学校に戻ったら……。
 和也は、そこまで考えてやっぱり本当にあった事ではないのでは? という疑念が生まれる。今日は文化祭の前日……ではなく、その更に前の日。つまり一昨日に該当する日だ。それなのに、明日の出来事を覚えているという状況は些か変だ。
 この流れで考えられるのは夢だった。そんな結論でしかない。
「……とりあえず起きるか」
 そうして、制服に着替えて一階に降りてきた和也は驚くような事が待っていた。