マジかよ……とうなだれる様子を見ると呆れが出る。普段から喜怒哀楽の激しい龍は何だかんだとクラスでは人気がある。そんな龍らしい反応の数々を見ていると、少し可笑しな気持ちになる。
「それじゃあ、また明日な。一応お礼もするって言ってたよな?」
「お、おう。一週間何か昼飯おごるって考えてるけどそれでいいか?」
「一週間かよ……まあ、それでいいか」
 そこまで欲深い訳ではないので、昼食をおごるくらいでも大丈夫ではあった。そんな形で今日のテスト前の勉強会は終了した。
 和也は龍と別れて、下駄箱の所へ向かうために廊下を歩いていると。
「ごめん、ちょっと良い?」
 声を掛けられた。
「あ、……何かあった?」
 声を掛けてきたのはあまり知らない女子生徒だった。身にまとっている高校の制服はきっちりと着こんでいる様子が見て取れるような子だ。
「急に話しかけてごめんなさい。もし、良かったら上の方にあるボールを取ってくれない?」
 そう言われて、天井を見上げるとそこにはボールが引っ掛かっていた。ここ廊下は一階で、外のグラウンドとは壁なしで繋がっているとはいえ、結構な引っ掛かり方だ。
「この辺りを見ていたら、引っ掛かったまま放置されていたのに気づいたのよ。私一人だと、身長が低くて取れないから、どうしようかと悩んでて」
 確かに、和也と比べると彼女の背は割と低い方だ。これだと天井近くには確実に届かない。和也なら何かしらの台があれば届くだろうが……。

「あ~。それなら手伝うけど、何か台は無い?」
「台? ……ああ、確かに必要ね。ごめん、取ってくるからちょっと待ってもらっていい?」
 一瞬台と言われて困惑していたが、すぐにその意図を理解したようで彼女はそう言うとその場から離れていった。しばらくすると彼女は椅子を持って戻ってきた。
「たまたま準備で使っていた椅子が一つ片づけてなかったみたい。本当は片づけないと良くないんだけど、今回に関しては運が良かったわ……はい、お願いね」
 彼女はボールのある天井付近に椅子を置いた。和也はその置かれた椅子の上に立つと、手は余裕で引っ掛かっていたボールに届いた。
「よし、取れた」
「やった! じゃあこのボールは職員室に持って行かないとね。誰のかわからないし」
 確かに、この高校ではこのボールは置いていないだろう。手に取ってはっきりとわかったが、授業用のものとボールの見た目が違う。本当にこのまま放置したんだろうな……って思う。
「ありがとね……えっと、あなたの名前は。せめて苗字だけでも」
「え、俺の苗字は高野……だけど」
 反射的に和也はそう答える。
「そうなんだ。それじゃあ私も答えないと」
 これを自然と言える辺り、きっちりとしたタイプなんだろうなっと和也は考える。というより、彼女は何でこの時間にまだ学校にいるのだろうか……準備と言っていたから、もしかしたらあれが理由なのだろう。
「私は……伊豆野凛。苗字でも、名前でもいいわ! 今日はありがとう」
 彼女……凛は自分の名前を伝えた。これは、必然的に約束された……出会い、だったのかもしれない。和也は後々、振り返ってそう思う様な出来事だった。


「あ……伊豆野さんね。その事はまあ、当然の事をしたから良いんだけど何故ここに?」
「えっ……とそれはつまり?」
 凛は困り顔になって聞いてくる。ここで、和也は質問としてはあまり成り立っていない事を言ってしまった事に気づき、急いで訂正する。
「あ! ……つまり、もう夜になりそうな時期なのに何でまだ学校にいるのかな~って。昼とかならたくさん人いるんだけど、この時間珍しいから」
「ああ、そういう事……」
 顎を手で支えるようなそんな仕草を少しした後に、彼女は手を下ろす。
「私、手芸部に所属してて。その部活の関係で文化祭の準備をしていたの」
「へえぇー……、部活で準備……」
 準備と言っていた時点で恐らく文化祭の準備ではあったのだろうけど、改めて聞いてわかった。しかし、それならそれで変ではあるはずだ。
「あれ、そういえば文化祭の準備とは言ってたけど、まだそんな夜近くまでやる?」
 そう、文化祭の準備をしていた割には今の時期にこの時間は少し遅すぎる。まだ文化祭が始まるまで一か月以上あるはずだから、まだ早く帰れる筈だ。
「あー……ちょっと、一人で片づけをしてたからかな」
「一人で片づけ……って、それはちょっと危険なんじゃ? 高校生になっても夜一人で外を歩くのは危険だし」
「そ、そうだけど、やっぱり片づけするならきっちり片づけないと! と思いまして……片づけ終わるのは皆が帰った後になるの。準備が本格的になってからね」
「そ、それは……」
 几帳面にも程がある。それで危険な夜を一人で帰るのは少し危険だろう。女子だから猶更危険という点もある。