少年が言い終えた瞬間、突風が和也に襲い掛かる。和也の視界を一瞬奪ったその突風が吹き終わり、和也はもう一度少年の居た場所を見る。
 そこに少年はいなかった。
「……は?」
 一体、どういう事だったのか。
 次に会うのは十月? それは、どういう意味なのだろう。
「高野くーん!!」
 後ろから、凛の声が聞こえる。どうやら、口ぶりからだと和也を探している様子だった。
「どうしたの? ……何だか、信じられない事があった。みたいに見えるんだけど……」
 ゆっくりと彼女の声がする方を振り返る。そこには凛がいた。自分より背が低い彼女は、和也が少し視線を下にしないと顔がちゃんと見えないけれど。その心配そうに眉を少し下げた顔をする、その少女は。間違いなく凛のものだった。
「……えっと……何も、無かったよ。大丈夫」
「ほ、本当に?」
 ここで本当の事を言っても、流石に信じられないだろうなと思い。黙っておくことにした。
「うん、本当に。何もなかった」
 そう言って、誤魔化すしかなかった。

 その後は、話題を変えて少し気になる場所を見つけた事を伝えて一度その場所に行く、と伝えた。凛は自分も一緒に行くと、言って一緒に神社を出て歩いていた。
 和也が神社から見えた、その場所に行く。多分、覚え間違いがなければここだろう。
 間違いない。この間行った公園だった。
「ここ……この間行った所だ」
 あの記憶にずっと残っていた公園が、こんな所にあったなんて思いもしなかった。確か、あの時は親と一緒に行って……それで、たまたま見かけた公園で遊びたい、と言ってそれで遊んでいた記憶がある。
 何故か、それだけの記憶だった筈なのだけど。不思議と記憶に残っていた……けれど、ここ最近はどうだろう。その記憶に変化が生じている。
 最初は気のせいかと思ったけど、何回も同じことが起きると流石の和也でもその異常事態を認識できる状態だった。
「この公園で、何かあったの?」
「いや……別に何かあったって訳じゃないけど。子どもの頃に一度遊んだ場所でさ、ずっと記憶に残ってて懐かしいなって」
「へえ……」
 凛は、和也の話に耳を傾けながらその公園の様子を眺めている。
 今日は子どもが何人か遊んでいる様子が見えていた。その中には、恐らく幼稚園ぐらいの男の子と、制服を着ている……高校生と言うにはやや幼い、多分中学生の……女子が一緒に遊んでいる様子が見える。
「あの子、お姉さんがいるんだ……懐かしいなあ」
 凛がそんな事を呟く。一方で和也は凛の言う懐かしい、という言葉に少し引っ掛かる。……もしかしたら、触れたらいけない話題かもしれないけど、とりあえず彼女が気を触らない様に、言葉を選んで聞いてみる事にする。
「懐かしい、って言うと?」
「……私にもお姉ちゃん、いたんだ」
 凛は少し間を置いて、姉がいた、と言う事を話してくれた。
「懐かしいんだ。私のお姉ちゃんもああやって一緒に遊んでくれて」
「へえ……良いお姉さんだったんだな」
 和也がそう答えると、凛は少し笑顔になる。
「えへへっ……ありがとう。私の自慢のお姉ちゃんだったんだ」
「……何だか、その言い方。少し気になるんだけど」
 そこで、和也はしまったと口を慌てて紡ぐ。あまりにも凛の反応に違和感があったのだが、その言葉は決定的だった。
『私自慢のお姉ちゃんだったんだ』
 まるで、今は違うかの様に。
「うん……そりゃあ、そんな言い方されたら気になると思うよ。別に、隠している事でもないし」
 そうして、凛はこう答えた。
「私のお姉ちゃん――十年前に亡くなったんだ、病気で」

 *

「ブランコ、楽しい?」
 呼びかけられる。少し高くて、穏やかで安らかな声だった。声のした方へ振り向くと、そこには女性がいた。自分より、ずっと大人だというのはわかった。
「うん」
 知らない人だけど、そう呼びかけられて素直に頷くと、その女性は微笑んで。
「そうなんだ、良かった」
 そう言った。

「お姉さんは、ブランコ好き?」
 そう、聞いてみるとその女性は少し笑顔を見せると。
「好きだよ。小さい子がいっぱいブランコに乗る姿を見ていると、元気になれるから」
 こう答えた。
「そうなんだ。じゃあボクのブランコにのってるすがたをみてもげんきになれる?」
 自分はそれに対して、ワクワクとして答える。どうしてだろう。知らない人なのに、なんだか聞いてみたくて仕方ない。そんな好奇心が勝っていた。
「そうだね、君が楽しそうにブランコで遊んでいる姿を見てると、本当に元気になれるかも」
 そうして、記憶の中の女性は微笑んでいた。

  *

 その次の瞬間、和也の見える景色はいつも起きる時に見る天井に変わった。
「……は、はは……」
 あまりにもズキリと胸が重い。また、記憶が更新された。