鮭茶漬けと先輩の頼んだサワーが来るまで、少しの間が空く。
テーブルはすっかり片され、僕のウーロンハイと先輩が呑んでるハイボールのジョッキだけになった。
話題は受付嬢の話から一周回って、また紀和さんの話に戻ってくる。
痴話喧嘩がしたかったという、紀和さんの啖呵が気に入ったようだ。
「『私と寝てる間はあんたは私の男』、なんてセリフ言われてみたいっ。あーっ、カッケーその彼女」
その時髪の毛掴まれてましたけどね。何妄想してんだか。
「それより僕がホストに向いてるって、意味がわかりませんよ。先輩じゃあるまいし」
「あはは、それ良く言われる。ホストに悪いよな。こんなおっさんと一緒にされて」
カラカラ笑う失礼な先輩を睨んでたら、追加オーダーの茶漬けとレモンサワーが届いた。
先輩は待ってましたとサワーに口をつける。ひと息でジョッキ半分カラにして、よく飲めるなぁ。
「合鍵までもらってたんだぁ。あ、その鍵どうした?」
「ちゃんと戻していきましたよ。昨日確かめに行ったらマジで引っ越してたし」
「ぶっ」
ですよね〜。そりゃ吹きますよね。僕だって笑っちゃたから。
笑いながら咳き込む先輩におしぼりを渡す。
呼吸を整えたかと思ったら、また思い出したように大声で笑い出した。
好きなだけ笑ってください。
「あー、笑った。その彼女、マジ最高」
笑ったせいで喉が乾いたとでも言うように、持っていたグラスを一息で空ける。もう追加しないでくださいよ。
「で、どこに泣く要素があるんだ」
今聞きますか、それ。ていうか、それが聞きたかったのか。
「ありませんよ。女と分かれたくらいで泣きますかって」
あいつの顔を思い出したからなんて言えるわけがない。
「拾ったペットが懐かなくて捨てられただけですから」
どーせ、見た目と学歴だけのオトコですよ、ええ。
「でもさ、昼間の顔は、何というか、切なげでハラハラ涙こぼして」
大げさにシナを作って泣き真似までしてみせた。
シクシクなんて泣いてませんから。乙女か僕は。
泣いてるとこ見られてたってだけで十分赤面モノなのに。ハラハラってナンですかソレ。
「あんな顔で泣くほど惚れてる相手には勝てないってか。どーりでウチの女子になびかないわけか」
そう言うと、先輩は店員へ向かって指でバッテンを作る。
「惚れてるって、止めてくださいよ恥ずかしい」
「え、違うのか」
「違って……ません、けど」
やば、認めてしまった。
何年も会ってないのに。
むしろ気持ちが強くなってる気がする。
「片思いしてるんですよ、ずーっと」
「おやまぁ、かわいそうに」
と、さっきと打って変わって心配げに眉を寄せ聞いてきた。
「ずーっとって、いつから?」
ぜんぜん可哀想なんて思っちゃいないの、丸わかりですけどね。
「今日も食ったなぁ、日向は。それにしてもそれだけ米食ってるのに太らないよな」
「若いんで、代謝が良いんですよ。先輩こそ、お酒を主食ですかってくらい飲みますね」
その内年相応に腹が出て、女の子にも相手されなくなればいい。
「主食か、巧いこと言うね。ま、アルコール代謝が高いのは確かかな。お陰で二日酔い知らず。オレの内蔵高スペックなんだよ」
店に来た時と変わらない顔でそう言うと、どれどれと伝票見て諭吉を一枚僕に渡し、先に座敷から出た。
「ションベン行ってくる」
どーぞごゆっくり。あれだけ飲めばそりゃ出るもん出るでしょ。
アバウトだが食事分を僕が、飲み代は先輩が支払うことになっている。とは言え、大半は先輩が出してくれてる。
店を出てそのまま改札まで歩いていく、さてこれからどうしよう。
さすがにもうすぐ5月とは言え、日が落ちたら肌寒いなぁ。
先を歩く先輩が地下鉄の入口を指さした。もう一件連れて行ってくれるようだ。
やったね。
「さっきの質問、実は幼馴染なんですよ、困ったことにその片思いの相手」
酒のせいで妙に正直になっている自分に乗っかることにした。
「初恋か、もしかして」
「……」
ここまで引きずるとは自分でも驚いてますよ。
初めて帰国した年だから、僕が10歳の時からかなぁ。神社の鳥居の前で始めて会ったんだ。あの日はいい天気だったよなぁ。
「それで辛くて、似た女をとっかえひっかえ」
「してませんっ。……無意識に似てる子を目で追っちゃうことはあったかもですが」
「逢えばいいじゃない。それともひどい振られ方したのか」
何で同じことを言うんだろう。
「まさか。伝えてもないのに。無理なんだって、そんなこと言えない。関係が壊れそうで」
そう言うと先輩はひどく驚いた顔で振り返り、茶化して済まんかったとなぜか謝られた。
テーブルはすっかり片され、僕のウーロンハイと先輩が呑んでるハイボールのジョッキだけになった。
話題は受付嬢の話から一周回って、また紀和さんの話に戻ってくる。
痴話喧嘩がしたかったという、紀和さんの啖呵が気に入ったようだ。
「『私と寝てる間はあんたは私の男』、なんてセリフ言われてみたいっ。あーっ、カッケーその彼女」
その時髪の毛掴まれてましたけどね。何妄想してんだか。
「それより僕がホストに向いてるって、意味がわかりませんよ。先輩じゃあるまいし」
「あはは、それ良く言われる。ホストに悪いよな。こんなおっさんと一緒にされて」
カラカラ笑う失礼な先輩を睨んでたら、追加オーダーの茶漬けとレモンサワーが届いた。
先輩は待ってましたとサワーに口をつける。ひと息でジョッキ半分カラにして、よく飲めるなぁ。
「合鍵までもらってたんだぁ。あ、その鍵どうした?」
「ちゃんと戻していきましたよ。昨日確かめに行ったらマジで引っ越してたし」
「ぶっ」
ですよね〜。そりゃ吹きますよね。僕だって笑っちゃたから。
笑いながら咳き込む先輩におしぼりを渡す。
呼吸を整えたかと思ったら、また思い出したように大声で笑い出した。
好きなだけ笑ってください。
「あー、笑った。その彼女、マジ最高」
笑ったせいで喉が乾いたとでも言うように、持っていたグラスを一息で空ける。もう追加しないでくださいよ。
「で、どこに泣く要素があるんだ」
今聞きますか、それ。ていうか、それが聞きたかったのか。
「ありませんよ。女と分かれたくらいで泣きますかって」
あいつの顔を思い出したからなんて言えるわけがない。
「拾ったペットが懐かなくて捨てられただけですから」
どーせ、見た目と学歴だけのオトコですよ、ええ。
「でもさ、昼間の顔は、何というか、切なげでハラハラ涙こぼして」
大げさにシナを作って泣き真似までしてみせた。
シクシクなんて泣いてませんから。乙女か僕は。
泣いてるとこ見られてたってだけで十分赤面モノなのに。ハラハラってナンですかソレ。
「あんな顔で泣くほど惚れてる相手には勝てないってか。どーりでウチの女子になびかないわけか」
そう言うと、先輩は店員へ向かって指でバッテンを作る。
「惚れてるって、止めてくださいよ恥ずかしい」
「え、違うのか」
「違って……ません、けど」
やば、認めてしまった。
何年も会ってないのに。
むしろ気持ちが強くなってる気がする。
「片思いしてるんですよ、ずーっと」
「おやまぁ、かわいそうに」
と、さっきと打って変わって心配げに眉を寄せ聞いてきた。
「ずーっとって、いつから?」
ぜんぜん可哀想なんて思っちゃいないの、丸わかりですけどね。
「今日も食ったなぁ、日向は。それにしてもそれだけ米食ってるのに太らないよな」
「若いんで、代謝が良いんですよ。先輩こそ、お酒を主食ですかってくらい飲みますね」
その内年相応に腹が出て、女の子にも相手されなくなればいい。
「主食か、巧いこと言うね。ま、アルコール代謝が高いのは確かかな。お陰で二日酔い知らず。オレの内蔵高スペックなんだよ」
店に来た時と変わらない顔でそう言うと、どれどれと伝票見て諭吉を一枚僕に渡し、先に座敷から出た。
「ションベン行ってくる」
どーぞごゆっくり。あれだけ飲めばそりゃ出るもん出るでしょ。
アバウトだが食事分を僕が、飲み代は先輩が支払うことになっている。とは言え、大半は先輩が出してくれてる。
店を出てそのまま改札まで歩いていく、さてこれからどうしよう。
さすがにもうすぐ5月とは言え、日が落ちたら肌寒いなぁ。
先を歩く先輩が地下鉄の入口を指さした。もう一件連れて行ってくれるようだ。
やったね。
「さっきの質問、実は幼馴染なんですよ、困ったことにその片思いの相手」
酒のせいで妙に正直になっている自分に乗っかることにした。
「初恋か、もしかして」
「……」
ここまで引きずるとは自分でも驚いてますよ。
初めて帰国した年だから、僕が10歳の時からかなぁ。神社の鳥居の前で始めて会ったんだ。あの日はいい天気だったよなぁ。
「それで辛くて、似た女をとっかえひっかえ」
「してませんっ。……無意識に似てる子を目で追っちゃうことはあったかもですが」
「逢えばいいじゃない。それともひどい振られ方したのか」
何で同じことを言うんだろう。
「まさか。伝えてもないのに。無理なんだって、そんなこと言えない。関係が壊れそうで」
そう言うと先輩はひどく驚いた顔で振り返り、茶化して済まんかったとなぜか謝られた。
