(総愛され予定の)悪役令嬢は、私利私欲で魔法界滅亡を救いたい!

 なるべく、私とは距離を置いて、あまり話さないようにしている二人を見て優しいと誤解している純粋過ぎるフローラ……お姉さん、騙されないか心配になって来たわ。

「そうね。二人とも優しいから、それを表に出さないだけなのよ」

「そうなんですか……あ。ロゼッタ先輩! ここ、行ってみましょう! 話を聞いて行ってみたかったんです!」

 フローラが突然表情を明るくして指を差したのは、有名な化粧品のお店だった。

「あ。ここ……名前、聞いたことある」

「そうなんです! 最近、話題のお店なんですよ! わー! こんな感じなんですね!」

 とてもウキウキした様子で、私の手を引いてフローラは店内へと入った。

「わー……綺麗……すごい」

 現代にあるデパートなどのディスプレイ顔負けのクオリティで、お店の中は非常に可愛く飾られていた。ハートやリボン、それに、可愛らしいデフォルメキャラ。魔法の力なのか、それが何色にもキラキラと輝いている。

「あ! ロゼッタ先輩、これを見てください。きらきらした輝く唇になるグロスですって! わー、陶器のような肌になれるファンデーション! それに、本当にまつ毛が長くなるマスカラ!」

「フローラ、もう……落ち着いて。わかったから」

 フローラはキンガムチェックの布張りがされた小さな籠に、どっさりと欲しい化粧品を入れていた。お小遣いをここで使い切っても良いと思っているらしい。

 可愛い女の子って、何の努力もせず可愛い訳ないし、フローラがこれだけ可愛い理由は可愛さへの貪欲な追求なのかもしれない。

「あ。そういえば……合宿する島で、確か、泳いだりも出来るんですよね? 先輩、水着はどうします? この後は、買いに行きます?」

 吟味に吟味を重ねていたフローラだけど、今日はそろそろこの辺で勘弁してやるかとばかりに、会計の方へと歩き始めたので、彼女の三分の一ほどの分量の化粧品を持った私もそれに続いた。

「水着は良いわ。私……日焼けは、したくないから」

 完全にヒーローサービススチルを意識しているシーンのため、泳ぐことの出来る小さな砂浜は合宿所の近くにあった。

 確か乙女ゲーム内でも、フローラは上着を羽織ったままだったはずだ。そうよね。あのスチルで大事なのは、ヒーローたちの腹筋。それは、開発側も購入した側も、意見は完全一致している。

「あっ……そうですよね。ロゼッタ先輩のその言葉で、日焼け止めを買おうとしていたことを、思い出しました! このお店の日焼け止め、本当に評判良いんですよ。先輩、こっちです!」

 そして、ああでもないこうでもないと吟味して、薄づきのファンデーションの上に下地としても重ねられる日焼け止めを購入して、私たちは帰寮することになった。
 私たちは夏休みに入る当日、そのまま夏合宿へと向かった。

 引率の生徒会顧問、エッセル先生は私たちを合宿所まで連れて行くと『交流をして、楽しんでくれ! 解散!』と、自分は木と木の間にロープで繋がれたベッドで爆睡していた。引率とは。

 そんなので大丈夫なのと心配になるけど、生徒会に入れるってことは、学業優秀品行方正であることが第一条件だから、こんな感じでもトラブルは起こっていなかったのだろう。

 そして、南に位置するこの島は暑くて、男子三人は水泳でもしようと水着を着て砂浜に行った。

 フローラは庭師であるルークのために、南国にある植物をスケッチしに行った。

 好きな人に喜んで貰いたくて、一途だし……本当に良い子。そうなの。乙女ゲームの、ヒロインなんだけど。

 私は砂浜で楽しんでいる三人の姿を遠目で見て、今ここに居る自分しか楽しむことの出来ない光景をじっと見つめた。

 今ここにある、サービススチル。

 写真でも撮って売り出したら、きっと、高値で売れるかもしれない。その後、闇の組織によって消されるかもしれないけど……。

 私たち生徒会は、五人夏休みの開始一週間ほどをこの合宿所で過ごし、そして、帰寮して夏休みの宿題を終わらせたりする。

 そして、良くわからないことに、誰かが決めたスケジュールをこなしたりしなければいけないのだ。

 初日の今日は、島にある洞窟の中で、ちょっとした肝試しをする予定になっている。

 とは言っても、小さな洞窟だし、すぐに行って帰って来られる。

 ゲーム内ではフローラはヒーローの誰かと行っていたような気もするけど、今回は彼女は別に確固たる想い人が居るので何か変な伝わり方をして誤解されたくないと思ったのか『そういう感じ、私は間に合っているんで』とばかりに一人で行って来ることになった。

「レオーネ……遅いな……どうしたんだろう」

 先に行って帰ってきた私たちは、なかなか帰って来ないフローラのことを不思議に思った。

 唯一、二股に分かれた道もあるんだけど、右へ進めばすぐに行き止まりで、そこに事前に用意された石を持って帰れば、行って来たという証明になる。

 だから、石を先に行ってきた私たちは持っているし、本当に短い肝試しだから、フローラだって五分程度で帰ってくると思っていたのだ。

 そして、間抜けな私はフローラがとんでもない方向音痴だと言うことを今更ながらに思い出した。

「あの……もしかして、フローラさん、迷ったのではないかしら……?」

 おそるおそる口にした私に、三人ともぎょっと驚いた顔になった。

「まさか、そんな……! ほぼ一本道で、しかも短距離だぞ?」

 エルネストはあり得ないだろうと言ったけど、私はそれがあり得てしまう理由を知っていた。

「意中の庭師に会った時、あの子、寮に帰る道で迷って、庭園にまで迷い込んでしまっていたんです。そこを助けてもらって、知り合ったとか……」

「えっ……嘘だろう。どれだけの道を間違えたら、そんなことになるの?」

 オスカーはフローラのあまりの方向音痴振りに戸惑った様子だった。

「そうですよ。寮と庭園は、校舎を挟んで全く逆方向ですよ……それに、その間にはいくつも表示があるはずです。まさか」

「そうだな。ロゼッタの言う通りだ……それほどまでに方向音痴なのなら、俺たちが想像を絶する迷い方をしているのかもしれない」

 私が何を言わんとしているかを、他の三人もわかってくれたらしい。

 アクィラ魔法学園内は広い。けれど、表示がいくつもあるし、気をつけて進めばそんなに迷うこともない。

 けれど、度が過ぎた方向音痴のフローラはそこで迷い、そして、明後日の方向へ行ってしまっていたのだ。

「待ってください。そういえば、フローラさん……ここに来るまでに、僕に苔のことが気になる話をしていました。もしかしたら、洞窟内にある苔を大好きな庭師の人に持って帰ってあげようと奥に入ったのかもしれません」

 暗い表情のイエルクが言ってから、私たちは同時にため息をついた。

 それだわ。絶対にそれだわ。フローラの思考の流れが目に見えるよう。

 本当に可愛い思考を持っているフローラは庭師ルークさんが喜んでくれると思って、洞窟の奥へと入り込み、迷って出られなくなってしまったのね。

 私たちも洞窟内へ向かい、名前を呼んだり距離の近い部分を探したりしたけれど、フローラはかなり動き回っているらしく、足跡や痕跡が洞窟内に残っていて、簡単には見つかりそうもなかった。

「これは……イエルクの行った通りだろう。探すしかないな。ここでまた誰かが、迷っても仕方ない。四人で個別に探すのではなく、二人組になって二手に別れよう」

 エルネストはテキパキと、これから私たちがどうすべきかを指示をした。

 それを見て、やはりエルネストは王族なのだと思う。命令をし慣れた者特有の、迷いない言葉。

 探す時に一人では危険だということで、組み割りは私とエルネスト、オスカーとイエルクになった。

 何故かというと属性の問題で探索魔法を使えるのが、エルネストとイエルクしか居なかった。そして、お互いの魔法の相性などを鑑みて、この二組の人選になったのだ。

 エルネストは私のことを嫌いだろうし、過去の事が思い出されとても苦手だろうと思うのに、それは別と思ったのか、そこには私情を挟まなかった。

 だから、私もそんなエルネストに対し、嫌な思いをさせたくはない。

 洞窟へと再び入り探索できる青魔法を使って、フローラの後を辿るエルネストを無言に付いて行くことになった。

「……ロゼッタ。俺はたまに、君が別人になったように思うことがある」

 二人の足音しか聞こえない中で、エルネストは唐突にそう言った。

 それはその通りなんだけど、私は前世の記憶を取り戻したのが最近だったと言うだけで、それをどう返して良いかわからない。

「……反省したんです。エルネスト様が嫌がることは、もう二度としません。これまでご迷惑をお掛けてして、本当に申し訳ありませんでした」

 これまでにエルネストがどれだけロゼッタに対し、我慢を重ねたかは、女性に対し紳士的な彼がロゼッタに対してだけ異常に冷たいことでそれが良く理解出来る。

 エルネストだって、女性には優しくしたいのに、ロゼッタに優しくしてしまえば、よりもっと自分の嫌なことをされてしまう。

 だから、ロゼッタを必要以上に、毛嫌いしてしまったのだ。そして、冷たくされると燃え上がってしまうロゼッタに、より纏わりつかれてしまうと言う、不幸の連鎖が続いてしまった。

「それは、もう良い。だが、人が変わったように思える。君が君でなくなったような……そんな気がするんだ」

 エルネストは振り向き、私は青い目にまっすぐに見つめられ、怖くなって後ずさった。王族の威厳……他者を支配し圧する力。それに押し出されるように、もう一歩後ろに下がった。

「……っ、ロゼッタ。お前。何をしている!」

 私が彼の言葉に聞いてえっと思った時には、もう遅かった。足場を失った私の身体はふわりと宙に浮き、その一瞬後に、ザバンと大きな水音が聞こえた。


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