庭師ルークは、高等部を卒業したばかりだけど、魔法薬の知識を買われて学園からぜひにと雇われたのよね。そういう意味では、フローラとは三歳しか変わらないし……確かにそういう意味で恋愛対象には、なってしまうよね。
卒業して仕事をしている社会人でもあるし、余裕ある大人の男性に憧れてしまう気持ちも理解出来る。
しかし、ここに貴女が恋をすれば、もれなく上手く行くスパダリの三人が揃っているけど……なんて、そんなことを教える訳にもいかないけど。
もしかしたら、庭師のルークって隠しヒーローだったのかもしれない……確かに、フローラから話を聞いて見に行くと、顔が整った美形ではあったもの。しかも、優しくて聡明そうな男性だった。
恋は早い物勝ちだから、ルークを好きになったフローラを決して否定はしない。
なんでも、入学してすぐに庭園で迷っていたフローラをルークが道案内して助けてくれたらしい。
……そういえば、フローラは方向音痴でドジっ子キャラだった……ゲーム内だったら、それを各攻略対象が助けてあげるはずなんだけど。
それに、フローラは親しい人には恋愛事情を明け透けに話す方らしくて、私を手を引いて連れて行き『あれが、ルークさんです!』と教えてくれるところからはじまり、ルークとの間に何があったかをやたらと話してくれるようになった。
フローラが恋をしている様子は可愛いし、私はそれについて何の文句もないけど……うん。すぐそこに居る攻略対象者たちは、攻略しないのね。
「そうなの……良かったわね。きっと、ルークもフローラのことを気に入ってくれていると思うわ」
それは絶対に間違いないと思う。私がもし男でルークだったとしたら、フローラに迫られたらデレッと顔がとろけて戻らないという自信しかない。
「そうですかね? そろそろ夏休みだし、このままルークさんに会えなくなるよりは……早々に告白した方が良いのかなと思うんです」
そろそろ期末テストで、それが終わったら長い夏休み。
けど、生徒会だけは、交流を深めるためにと、夏休みの特別合宿イベントもあるのよね。謎。ゲーム上の設定だから、仕方ないけど。
それに、好感度を上げるためにはかなり早い段階で好意があることを知らせるけれど、フローラ展開が早すぎだわ。
「ねえ。少し落ち着いて。フローラ……あまり、急がない方が良いわよ。ゆっくり二人の仲を深めることを考えた方が良いわ」
恋愛もしたことのない耳年増の私がそう忠告すると、フローラは何度か頷いて微笑んだ。
「そうですよね。いつもアドバイスしてくださって、ありがとうございます! ロゼッタ先輩、夏合宿の買い物ってもう済ませましたか?」
「ううん……まだだけど」
そろそろ買いに行かなきゃとは思っていた私は、フローラの問いかけに首を横に振った。
「私と今日の放課後に一緒に買いに行きましょうよ!」
「え? 別に構わないけど……」
期末テスト終わりに、すぐに南の島の合宿所に移動するので、それまでにあまり時間もない。
念のために他の男性三人に確認したけど、私たちと一緒に買い物行こうと思う人も居ないようだった。
「ロゼッタ先輩って、好きな人……居ないんですか?」
「うーん……好きな人は、居ないかな」
二人で街に出て通りを歩いていたら、フローラが私に楽しそうに尋ねて来た。きっと、私と恋話をしたいと思ったんだと思う。
完全に恋をしている乙女を見て、私は複雑な気持ちになる。エルネストとかオスカーとか……イエルクには、全く興味ないですよね。
もし、少しだけだとしても興味があったら、彼ら三人の前では、好きな人の名前を言わないものね。
「そうなんですか……ロゼッタ先輩、とても可愛いから、好きな人と言うより、てっきり彼氏が居るのかと思ってました」
そうよね。フローラも、そう思ってしまっても仕方ない……転生した私が自分で言うのもなんなんだけど、ロゼッタの容姿はとても可愛い。縦巻きロールをしなくなったおかげで普通に美少女なのだ。
しかし、これまで中身が残念過ぎて、振る舞い言動などで近づいてくる異性はゼロ。言い過ぎでもなんでもなく、全員が引いていた。
「居ないわよ。素敵な人が、居れば良いんだけどね」
「イエルクくんなんて、どうですか? 年下って、あまり好きではないですか?」
「そういう訳でもないけど……イエルクくんは、幼馴染で付き合っている女の子が居るらしいの。来年アクィラへ入学して来るらしいわ」
「あっ……そうなんですね。それだと、駄目ですね」
フローラはイエルクに相手が居ると聞いて、なんだか残念そうだ。
自分も所属している生徒会の中で、イエルクが私と一番に親しく話しているから、可能性があるのかもと思って聞いたけど、相手が居ると聞いて、その線はないと判断したらしい。
「そうそう。とっても可愛くて、性格も良い子なんだけどね」
「じゃあ、エルネスト会長や、オスカー先輩はどうですか?」
純粋な好奇心の詰まったキラキラとした緑目を見て、私はなんとも言えない気持ちになった。
これまでに、私がエルネストにどれだけ邪険にされていたかを思えば、それは言えないだろうし、二人は紳士だから、わざわざ過去のことを蒸し返しては言わないから、フローラは何も知らないのね。
「実は二人には、あまり良く思われてないの」
「えっ……そうなんですか? けど、お二人ともロゼッタ先輩にすごく優しいし、とてもそんな風には……」
なるべく、私とは距離を置いて、あまり話さないようにしている二人を見て優しいと誤解している純粋過ぎるフローラ……お姉さん、騙されないか心配になって来たわ。
「そうね。二人とも優しいから、それを表に出さないだけなのよ」
「そうなんですか……あ。ロゼッタ先輩! ここ、行ってみましょう! 話を聞いて行ってみたかったんです!」
フローラが突然表情を明るくして指を差したのは、有名な化粧品のお店だった。
「あ。ここ……名前、聞いたことある」
「そうなんです! 最近、話題のお店なんですよ! わー! こんな感じなんですね!」
とてもウキウキした様子で、私の手を引いてフローラは店内へと入った。
「わー……綺麗……すごい」
現代にあるデパートなどのディスプレイ顔負けのクオリティで、お店の中は非常に可愛く飾られていた。ハートやリボン、それに、可愛らしいデフォルメキャラ。魔法の力なのか、それが何色にもキラキラと輝いている。
「あ! ロゼッタ先輩、これを見てください。きらきらした輝く唇になるグロスですって! わー、陶器のような肌になれるファンデーション! それに、本当にまつ毛が長くなるマスカラ!」
「フローラ、もう……落ち着いて。わかったから」
フローラはキンガムチェックの布張りがされた小さな籠に、どっさりと欲しい化粧品を入れていた。お小遣いをここで使い切っても良いと思っているらしい。
可愛い女の子って、何の努力もせず可愛い訳ないし、フローラがこれだけ可愛い理由は可愛さへの貪欲な追求なのかもしれない。
「あ。そういえば……合宿する島で、確か、泳いだりも出来るんですよね? 先輩、水着はどうします? この後は、買いに行きます?」
吟味に吟味を重ねていたフローラだけど、今日はそろそろこの辺で勘弁してやるかとばかりに、会計の方へと歩き始めたので、彼女の三分の一ほどの分量の化粧品を持った私もそれに続いた。
「水着は良いわ。私……日焼けは、したくないから」
完全にヒーローサービススチルを意識しているシーンのため、泳ぐことの出来る小さな砂浜は合宿所の近くにあった。
確か乙女ゲーム内でも、フローラは上着を羽織ったままだったはずだ。そうよね。あのスチルで大事なのは、ヒーローたちの腹筋。それは、開発側も購入した側も、意見は完全一致している。
「あっ……そうですよね。ロゼッタ先輩のその言葉で、日焼け止めを買おうとしていたことを、思い出しました! このお店の日焼け止め、本当に評判良いんですよ。先輩、こっちです!」
そして、ああでもないこうでもないと吟味して、薄づきのファンデーションの上に下地としても重ねられる日焼け止めを購入して、私たちは帰寮することになった。
私たちは夏休みに入る当日、そのまま夏合宿へと向かった。
引率の生徒会顧問、エッセル先生は私たちを合宿所まで連れて行くと『交流をして、楽しんでくれ! 解散!』と、自分は木と木の間にロープで繋がれたベッドで爆睡していた。引率とは。
そんなので大丈夫なのと心配になるけど、生徒会に入れるってことは、学業優秀品行方正であることが第一条件だから、こんな感じでもトラブルは起こっていなかったのだろう。
そして、南に位置するこの島は暑くて、男子三人は水泳でもしようと水着を着て砂浜に行った。
フローラは庭師であるルークのために、南国にある植物をスケッチしに行った。
好きな人に喜んで貰いたくて、一途だし……本当に良い子。そうなの。乙女ゲームの、ヒロインなんだけど。
私は砂浜で楽しんでいる三人の姿を遠目で見て、今ここに居る自分しか楽しむことの出来ない光景をじっと見つめた。
今ここにある、サービススチル。
写真でも撮って売り出したら、きっと、高値で売れるかもしれない。その後、闇の組織によって消されるかもしれないけど……。
私たち生徒会は、五人夏休みの開始一週間ほどをこの合宿所で過ごし、そして、帰寮して夏休みの宿題を終わらせたりする。
そして、良くわからないことに、誰かが決めたスケジュールをこなしたりしなければいけないのだ。
初日の今日は、島にある洞窟の中で、ちょっとした肝試しをする予定になっている。
とは言っても、小さな洞窟だし、すぐに行って帰って来られる。